太平記(大河ドラマ)の最終回のあらすじと感想「尊氏の死」。人間磁石足利尊氏の最期。第1話から尊氏を支えてきた直義と右馬介も最期を迎えます。右馬介は「長い余生」をようやく終わりに出来ましたね・・・(涙)。1年に渡りお届けたした太平記の感想も最終回です!

太平記(大河ドラマ)最終回のあらすじ「尊氏の死」

幕府政所


観応2年(1351)7月28日。




直義は寝耳に水の知らせを受け、尊氏亭を訪れる。




尊氏は戦支度を整えていた。



「将軍!これは・・・?」



「おお!直義!儂は近江へ出陣するぞ!」

「佐々木判官が寝返ったのじゃ」



直義は驚きを隠せない。








佐々木道誉と言えば倒幕以来、一貫して足利方として仕えてきた股肱の臣である。今更吉野の北畠に通じるなど・・・?直義は訝る。



大河姫

寝返りを「寝返りしてない」と疑われる判官殿w

しかし、右馬介が放った忍びは各地から「佐々木道誉が北畠と通じ挙兵」と知らせてきていた。




直義は出陣する尊氏達を複雑な表情で見送る。




直義が屋敷へ戻ると腹心の桃井直常からもう一つ驚きの知らせがもたらされる。



「義詮殿がご出陣!?」



播磨赤松則祐が南朝方に寝返ったというのだ。直常は佐々木道誉の寝返りと尊氏の出陣は知らなかった。








「我らはそのような知らせは一切聞いておりませぬ」

「・・・これはおかしい」

「そう思わぬか?和泉守(細川顕氏)」



大河姫

顕氏殿、桃井直常なら殺りかねないよ。

細川顕氏は気まずそうに認める。



「げにも、これは奇妙じゃ(小声)」



大河姫

赤松則祐は円心入道の息子な。

尊氏方に何らかの企みがあるのは明白である。このままでは挟み撃ちとなる。




直義は都に留まるのは危険と判断する。



「直ちに越前へ下る!」



大河姫

赤松と判官殿!この2人は尊氏のTO(トップオタ)だわな。

8月1日深夜、直義派は都に残る兵を集め越前へと向かう。

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→太平記(大河ドラマ)キャスト表

太平記最終回のあらすじ上巻「兄弟の戦」

紫香楽宮近く


尊氏はその頃、道誉を伴い近江と伊賀の国境にある紫香楽宮近くで北畠親房と密会していた。



「ほう?我らと和睦したいと?(笑笑)」



親房は尊氏の申し出を鼻で笑う。




直義もまた、この春頃までしきりに和睦を求めてきたが、一向に交渉が進む様子はなかったのだ。



「ははは!ご舎弟殿は本気で和睦する気はございませぬ!」



尊氏の代わりに道誉がしたり顔で直義の事情を説明する。



「和睦すれば都の朝廷の後ろ盾を失いまする」

「ご舎弟殿は口先ばかり」

「ですが、将軍は違いまする」




「どう違う?!」




大河姫

口先ばかりってww判官殿が言うと悪い冗談だわw

尊氏が道誉の後を続ける。



「我らの幕府を御認め下され」

「吉野の帝を京へお迎え致します」



「ほう?そんなことをすれば都の公家は其方を恨むでありましょうな」



親房は皮肉をいう。




しかし、尊氏はそれでも構わないと応じる。




例え恨まれることになっても朝廷が一つになり世が治まるのであれば。



「ご舎弟殿と戦われるのか?」

「いや、直義を支える大きな力と戦いまする」



大河姫

おお、ついに幕府は認めるのか。まあ、尊氏と親房は気が合うからな。

尊氏は朝廷を、武家を一つにまとめる最後の戦いをすると言うのだ。




親房は尊氏との「和睦」を認める。




9月、尊氏は義詮の軍と合流し、越前から南進してきた直義の軍と開戦する。




この戦は尊氏方の勝利に終わる。



大河姫

これで兄弟一勝一敗。

直義は体制立て直しのため越前へ引き上げる。



尊氏本陣


「和議は認めぬと言うのか・・・」

「ご舎弟殿はともかく、周囲の桃井、山名などが納得致しませぬ」



尊氏はこの勝利をもって直義派の諸将を幕府から一掃し、尊氏に有利な形で和議を結ぼうと考えていた。しかし、交渉から戻った細川顕氏の報告は芳しいものでは無かった。



大河姫

直義は義理堅い。

特に桃井直常は「戦はこれから」と意気軒昂であったと伝える。




また、直義には単身越前を脱し、都へ入れば尊氏は手厚く迎えるとも打診したが、今更共に戦った桃井たちを見捨てる事は出来ないと断って来ているという。



「やむおえまい・・・戦を続けよ」

「幕府の膿はこの際一気に出しておく」



大河姫

何故幕府が割れたって・・いや、尊氏の責任も大。

評定はお開きとなり、尊氏は本陣の置かれた寺の書院へ戻るが・・・。



「うっ・・・」



尊氏は眩暈を感じその場に倒れる。



「殿!?」



大河姫

尊氏もお疲れだな。

警護の兵が気付き尊氏を支える。



「案ずるな・・・この事他言致すな」



尊氏は鎧を脱ぎ、この日は早めに休む。




その夜。



「又太郎様!」


「静かに!神が鎮座する岩とはあれではないか?」

「・・・ただの木切れじゃ」


大河姫

懐かしいな。第1話。

尊氏は幼い時分、直義たちと新田荘にある祠で「神」を探していた夢を見ていた。




目が覚めると、背中に痛みを感じる。




矢傷を負っていた。




10月、尊氏は越前を攻める。




直義は北陸伝いに関東へと逃れる。




直義は鎌倉を本拠とし、諸国の直義派へ徹底抗戦を命じる。




尊氏は追撃の手を緩めない。




11月、尊氏は仁木頼章、義長など三千の兵で出陣。




途中諸国の尊氏派を糾合し、駿河薩埵峠、足柄山で直義方を討破り鎌倉を目指す。




翌、観応3年(1352)年1月2日には直義の大軍と決戦しこれも撃破。




鎌倉陥落は時間の問題となる。




直義は熱海伊豆で捕らえられる。



大河姫

早いな。

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太平記最終回のあらすじ中巻「弟の死」

鎌倉若宮御所


尊氏と右馬介は沈鬱な表情で若宮御所の廊下を歩いていた。勝利の後にも関わらず、鎧が重い。




先日、熱海で捕らえた直義と面会するのである。




直義もまだ鎧武者姿のまま、縄はかけられていない。



大河姫

兄弟再会。

部屋には直義が独り座っている。




いつもの直義である。




不機嫌そうな、拗ねているような表情だ。




いたって元気そうである。



「・・・鎌倉は遠いの」

「もう、戦はやめて儂と都へ戻れ」



尊氏は静かに語り掛ける。




桃井上杉は逃げ、直義を奪い返すべく兵を集めている。また、九州では未だ直冬も直義方として戦を続けていた。




直義が都へ戻ればそれらの者も拠り所を失い戦は終わる。



「無能な義詮殿を拝し、それがしに政をお渡し下さいますか?」

「あの愚か者が・・・儂が創った幕府を壊していく」

「見ておられぬ・・・!」



大河姫

無能な義詮殿wまあ、気持ちは分かる。水牛を思い出すw

直義は政を自身に任せない限りは戦を続けると言う。



「まだ分からぬのか!」

「此度の戦で其方にいったいどれ程の者が従った!?」



直義方に付き従ったのは上杉桃井等の一門衆、そして古い鎌倉幕府の生き残りの一部の諸将のみ。




直義は絶叫する。



「恵源(直義)が敗れたは征夷大将軍ではないからじゃ!」



大河姫

でも、尊氏は別格よ。

師直との戦に勝利した後。




直義は直常から尊氏に代わり「征夷大将軍」就任を暗に求められたが直義はそれをしなかった。今となっては愚かな選択をしたと嘯く。



「北条を倒して以来!!」

「先帝と戦ったのも幕府を創ったのもみな儂じゃ!」

「兄上は優柔不断で何もしなかった!」

「弟とはつまらぬモノじゃ」

「儂は都へは戻らぬ!戻らんぞ!!」



大河姫

弟はつまらぬモノか。なんか、懐かしいな。

直義はそれだけ言い捨てるとそっぽを向いて押し黙る。



「頼む、この通りじゃ」



大河姫

出たな、尊氏必殺の頭を下げるやつ。でも、弟には通じないかな。

尊氏は頭を下げる。



「兄上にそれがしが殺せますかな?」

「殺せれば!兄上は大将軍じゃ!」



大河姫

殺せますかとな。分かっているね。

直義は不敵な笑みを見せる。




直義との会見は不調に終わった。




尊氏は先程まで直義が座っていた場所をぼんやりみつめている。



「もはや、これまでか・・・」



右馬介が直義方の動きを報告する。



「桃井、斯波、上杉の残党が藤沢に集結」

「信濃からは宗良親王が碓氷峠を越えて鎌倉へ向かっているよし」



北畠親房の裏切りは明白である。



大河姫

言うほど、尊氏が優勢ではないのな。

また、鎌倉周辺にも直義派に反撃の動きがみられる。




九州にはまだ直冬もいるのだ。



鎌倉延福寺


直義は鎌倉延福寺に幽閉されている。



大河姫

ああ、毒殺しちゃうのか。

この日の夜、尊氏は右馬介と都から取り寄せた菓子を差し入れにやってきていた。



「コレはあり難い!都の菓子ですか!(笑)」

「都へは戻りませぬぞ?」



直義は機嫌が良い。



「分かっておる」

「其方とはもう争わぬ(苦笑)」



「将軍にその様に言われると淋しくもありますな」

「思えば、いつも兄上ばかり見ておりました」



右馬介は幼い足利兄弟から「どちらの味方か」と迫られ難儀したと語る。




尊氏と直義は幼い頃の思い出を語り合う。



「兄上と喧嘩しても儂はいつも負ける!兄上の強情は一枚上手」



「父上にその事を告げ口したであろう?(笑)」



「はい、父上に叱られるのはいつも兄上!それで勝ったと思っておりました!(笑)」



大河姫

泣かせるな・・・。

直義は菓子を見つめる。



「兄上、来世では喧嘩せぬ兄弟に産まれてみとうございますな」

「いや、それも退屈でございますかの?」



菓子を食べる。



大河姫

あああ、アレ・・・?毒はお茶か?

そして、茶を飲む。




尊氏は目に涙を浮かべ最近よく見る夢の話をする。




直義たちと新田荘の祠で神を探したこと。




その神が小さい木切れてひどく落胆したこと。




直義は苦しみはじめる。



「近頃思うのじゃ!小さな木切れでもアレは神やもしれぬと!」

「訳もなくそう思うのじゃ!」

「そう思わねば・・・!」



「う、ううー」



尊氏は苦しむ直義を抱きかかえる。



「直義!直義!!何故強情を張った!」



「今更、桃井達を見捨てるワケにもいきませぬ」

「しかし、このままでは足利家を滅ぼしてしまいます」

「こうするより他にありませぬ」



「直義!」



「コレで良いのじゃ・・・兄上は大将軍じゃ!」

「足利家は安泰・・・兄上・・・」



「直義!直義!!」



直義は尊氏の腕の中で息絶える。




尊氏は直義にすがり泣き続けた。



「殺した・・・弟を殺してしもた!」

「弟を殺した!!!」

「父上、母上・・・」



翌朝。



大河姫

尊氏、急に老けた。

朝靄の中、尊氏は縁側に座っていた。



「儂は長く生き過ぎた」

「まだ、直冬が残っておる・・・う」



よろける尊氏を右馬介が支える。



「まだ、直冬が・・・」



大河姫

長く生き過ぎた。でも、まだ死ねないね。

尊氏は直義を失った後に重い病に苦しみながら関東を鎮め、都へと戻ったのは文和2年(1353年)秋の事であった。

太平記最終回のあらすじ下巻「父と子」

備後鞆の浦
直冬亭


直冬は備後国鞆の浦で直義の死を知る。



「それは真か!?」



「2月16日、延福寺にて・・・」



「おのれ!父上を手にかけおったか!」

「合戦じゃ!敵は足利尊氏じゃ!!」



直冬は「父」の弔い合戦とばかりに、都へと進撃を始める。




文和3年(1354)12月。




直冬は南朝へと下り後村上帝の綸旨を得ると、直義派であった越中桃井直常などと連携しつつ都へと攻め登る。




尊氏は病を押して輿で出陣。




尊氏最後の戦いが迫っていた。








直冬方の動きは素早く、文和4年1月、桃井直常が都へ突入。




直冬も本隊を率いて入洛し東寺に本陣を構えた。




尊氏方は一旦都を落ちるが、2月になると巻き返し、東山に本陣を敷く。



大河姫

直冬は武者姿がカッコ良い。

東山
尊氏本陣


京の冬は冷える。




辺り一帯は既に雪化粧である。




尊氏は茶を飲みながら戦況を見守っている。




義詮が配下の者と戦勝の報告にやってくる。



「四条辺りまで敵を押し返しました!」



大河姫

義詮の武者姿は面白いw

義詮の言葉に陣中は湧く。



「大将自ら存分の御働きにございますな」



右馬介が義詮の活躍を讃える。



「右馬介・・・からかうな(苦笑)」



大河姫

義詮殿は愛されキャラ・・・。

義詮の言葉に陣中に笑い声が起る。



「父上・・・お加減は如何ですか?」

「うん、大事ない」



大河姫

親思いでもある。

義詮は尊氏の健康を気遣うと軍議があると本陣を後にする。細川顕氏など尊氏派の武将たちもそれぞれ出陣する。




本陣には尊氏と右馬介が残っている。



「右馬介、寒くはないか?」

「お気遣いなく・・・」

「儂も歳じゃが其方はもっと歳じゃ(笑)」



尊氏は防寒に使っていた獣の皮を渡そうとするが右馬介は固辞する。



「都が日、一日荒れ果てて行く・・・」



全てはこの都から始まったのだ。




右馬介と二人で都を訪れた時から。



大河姫

懐かしいな。右馬介と都見物。種付も都であったな。

「御殿がお治めになればこの都は美しい都に」


「藤夜叉に会ったのもこの都」



尊氏は藤夜叉と出会ったのもこの都であったこと改めてを思い出していた。



「それがしを直冬殿の元へお遣わし頂けませぬか?」

「直冬は儂を恨んでおる」

「いえ、根は気の優しい子にございます」



右馬介はもう歳である。




身体が動くのもこの戦が最後。



「それがし、北条を倒すのが夢でございました」

「そのご恩をお返ししておりませぬ」



大河姫

右馬介からすれば北条を倒してからは「長い余生」とも言えるのかも。

説得に応じないときは、右馬介の命は無い。




しかし、その覚悟は出来ていると。




尊氏は右馬介が直冬の元へ向かうのを許す。



東寺
直冬本陣


「明日は四条まで押し返すぞ!」

「はは!」



義詮の思わぬ反撃を喰らったが、まだまだ直冬方も威勢が良い。




直冬は独り寺内に残り、明日の戦い方を考える。



「!!」



目の前に黒頭巾の老人が座っていた。



「一色右馬介!」



大河姫

怖いよ!突然w

直冬は太刀を抜くが右馬介に押される。



「今日は一色右馬介ではなく、具足師柳斎としてまかり越しました」

「・・・具足師柳斎・・・その名は30年程前に聞いたことがある」

「30年前藤夜叉殿に抱かれていた子が都を焼き払うとは夢にも思いませなんだ」



右馬介は直冬ではこの戦に勝つことは出来ないと言い聞かせる。



「実の父上にございますぞ?」



直冬は右馬介の迫力に一瞬気圧されるが尊氏が直義を斬ったことを責める。



「その事で将軍がどれ程お苦しみか」

「ご舎弟様を斬った後、己の命も断ってしまわれた」

「大きな病を得られ、その命を戦場で切り刻んでおられる」



「病を・・・」



大河姫

なんだ、やっぱり心配なんじゃん。

直冬は尊氏の病を知らなかった。



「苦しいなら戦を何故止めぬ?」

「何故弟を殺し我が子を敵とする!?」



「執念にございます」

「家を守り、幕府を守り、都を守る!」

「若殿の恨みが都を焼き払っております!」

「これを鬼の執念と申します!」



その時!




異変に気付いた直冬の警護の兵が部屋に飛び込んでくる。



「いざやまる・・・」



右馬介は倒れる。



「やめよ!!」



直冬は兵を止める。



「父上を・・・許しておあげなさい」

「これ以上戦っても皆が苦しむだけにございます」



右馬介はそう言い残し絶命する。




翌朝。




桃井直常が本陣を訪れる。




相変わらず意気軒昂であるが、同じくいつもは意気軒昂な直冬の様子に覇気がないのが気になる。



「介殿如何された?」



「東山を落とし本陣を落とし戦に勝っても父上は斬れぬ」

「この戦、この先どうあっても儂の負け」

「父上には止めは刺せぬ」



直冬は弓弦を切り、撤退を命じた。



東山
尊氏本陣


「おお、敵が退いていくぞ!」



桃井も山名も引き上げはじめる。



「介殿(直冬)も天王寺へ落ちられた!」



義詮は昨日の自身の働きあればこそと大いに喜ぶ。



「次郎!三郎!追討ちじゃ!」

「待て義詮!敵は退いたのじゃ」



大河姫

義詮はお笑い担当。でもこれはこれで大事でもある。

尊氏は追討ちを止めた。



「儂はまた、生き残ってしまった」

「右馬介、直冬・・・さらばじゃ」

太平記最終回のあらすじ終章「義満」

京、尊氏亭


延文3年(1358年)4月。




最後の戦いから3年の時が流れていた。




この日、幕府の主だった者を招いて猿楽舞が催されることになっていた。




尊氏は縁側から庭の桜を眺めながらうたた寝をしていた。



「殿、うたた寝はお身体に障りますよ」

「寝てはおらぬ」



大河姫

尊氏と登子は親子の趣がある。

そこに、道誉がやってくる。



「若殿はようお勤めじゃ」



大河姫

判官殿は年取らんな。

「義詮は儂に似ずせっかちじゃ・・・」

「秋には義詮に子が生まれる、儂には初孫」

「まだ見ぬ孫の元服ときたものじゃ」



「ほう?ではなんとお付けに?」



尊氏空に指を切る。




義満



義詮の義


思いが満の満


満願叶うの満


道誉は満足気に頷く。



「義満・・・これは良い名!天下が満る名じゃ!」

「義詮殿より立派な方になられるやも」

「行末、義詮殿から義満殿に寝返りいたそう!(笑)」



尊氏は穏やかな表情で盟友道誉の軽口を笑う。



「判官殿、義詮を、幕府を頼みまするぞ」

「30年前初めて会った時から生涯の友と思っておりましたぞ」



「敵わぬなぁ(笑)」



「登子が初めて殿にお会いしたのも30年前でございました」



猿楽舞が始まる。




尊氏は猿楽舞を見ながらこれまでの戦を思い出していた。




今となっては敵も味方もない。




みな同じ。




父、貞氏



高時



先帝



正成



義貞



右馬介



母、清子



直義


「皆、共にこの世を生きたのじゃ」

「共に生きたのじゃ」



延文3年(1358年)4月末。




足利尊氏は54年の生涯を閉じた。




室町幕府は義満の時代にその大輪の花を咲かせることになる。

太平記(大河ドラマ)最終回の感想「尊氏の死」

太平記(大河ドラマ)の感想最終回「尊氏の死」。最終回は観応2年(1351)7月28日から尊氏が亡くなる延文3年(1358年)4月30日までが描かれました。直義を殺した後に急に老け込みましたね。エネルギーを使ったのだなと感じました。




丁度「麒麟がくる」が少し早く最終回を迎えていたのですが尊氏と十兵衛が重なる部分もあり。




そして、右馬介が・・・(涙)




右馬介にとって北条打倒後の人生は「余生」であったのかもしれません。




因みに、原作の「私本太平記」では右馬介は生き残り、尊氏の死後に花夜叉や覚一(耳無し芳一のモデル)と尊氏を偲ぶ場面が描れております。

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太平記最終回の感想「木切れ」

「近頃思うのじゃ!小さな木切れでもアレは神やもしれぬと!」



積み上げてきたもの、守ってきたもの、信じてきたもの。




果たして積み上げる意味、守ってきた意味があったのか?




尊氏は今の自分と重ねているのですよね。




世の中を良くする
美しい世を創る




そう信じてずっと戦ってきた。




その為に、古くは義兄である守時を討ち鎌倉幕府を倒した。




その後、自身を導いてくれたはずの先帝と争い、友であった正成を討ち、かつては兄と慕った新田を討ち、そして、今、実弟直義を毒殺する。



「世の中を良くするため」
「美しい世を迎える為」



そう信じて、そう信じなけれやってこれなかった。



今の世は美しい世か?

美しい世に近づいているか?



しかし「美しい世に近づいている」と信じなければやってられないのです。




幼い頃の尊氏は「木切れ」を神と崇めていることを下らぬと嘲り、その後も「アンシャンレジーム」の象徴のように感じていた。




今の尊氏は皆「木切れ」であることは知っていたが「神」だと信じる事にしたというのが分かるのでしょうね。




尊氏もまた同じ。そうでなければ正気を保つことすら出来ないのです。

太平記最終回の感想「まだ、直冬が」

尊氏と直義の争いは結局尊氏勝利で終わります。




師直に屋敷を囲ませたときに一度覚悟をしたことはあるとは言え、尊氏は直義をなんとか生かしたい。



「心ならずも別の道を歩んだがいずれまた出会うこともある」

「それまで直義の命は守る」


この言葉は直義が「南朝」へ走る前の言葉ですが今もまだそう考えているのでしょうね。




尊氏はなんとか一緒に都に帰って欲しいと頭も下げていましたが、直義には尊氏の人間磁石も通用しない。



「もう其方とは争わぬ」


嗚呼!




尊氏が直義が亡くなった後に、



「父上!母上!」



と、泣き叫んでいたのが切なかったですね。




そして、この翌朝には尊氏は一気に老け込む。




それだけ「エネルギー」を使ったと言う事なのだと思います。




冒頭でも少し触れましたが太平記の少し前に「麒麟がくる」が最終回を迎えました。




室町幕府が尊氏と直義の共同作業であるのであれば、信長の「大きな国創り」は信長と十兵衛の共同作業。




その信長を討った十兵衛は「本能寺の変」で全てのエネルギーを使い果たしておりました。もう、その先を構想する余力が残っていなかったんですよね。




一方で尊氏。




尊氏を一気に10歳以上老け込ませるほど直義を殺害するというのはエネルギーを消費する、




しかし、尊氏はまだ死ねない




ボロボロになったその心身で進まなけれならない。



「まだ、直冬が残っておる」



この責任感。執念。




直冬の始末は自身でつけなければならないという責任感と執念だけでこの先動いていく。




ココには尊氏の業を感じますね。




それを見つめる右馬介もまた苦しい。



「大きな病を得られ、その命を戦場で切り刻んでおられる」


右馬介は尊氏にも直冬にもこれ以上苦しんで欲しくなかった。




右馬介の命を賭けた言葉で直冬が退いて戦が終わります。




これで、尊氏もようやく楽に・・・なったらその後4年も生きてしまふのが、流石・・・!

太平記最終回の感想「長い余生」

「それがし、北条を倒すのが夢でございました」

「そのご恩をお返ししておりませぬ」


なんどかこのブログでも触れておりますが、



「人間いつ死ぬか」



はホント重要です。右馬介は長く生き過ぎた。




右馬介自身もそう感じながら生きてきたように思います。そして、思えば、足利家の不幸も予感していたようにさえ思うのです。



「二十八年北条憎しとの思い出生きて参りました」

「仇は敢無き最後を遂げました」

「父母兄弟の霊を弔いつつ暮らそうかと」



右馬介は鎌倉で北条の最期を見届けております。



「変わり果てた鎌倉に言葉なく」

「足利の陣営、戦に勝ったと笑う者なく、不思議な勝ち戦にござ候」



人は殴れないから殴りたいのであって、殴れるようになった相手をいくら殴っても気持ちは晴れない。




いつだって復讐の味は苦いのです。




そして、鎌倉炎上後、諸国を回った右馬介は本能的「人間の業」を感じたのだと思います。人間が人間である以上、北条が倒れても世の中は良くはなるまい。




そのような「世の中」とは離れて生きていたい。




右馬介の気持ちはよく分かります。




しかし、尊氏はまだ「希望」に満ちていた。




右馬介は尊氏の説得に応じて、出家遁世を諦め尊氏の為、足利家の為に働きますが、それは「余生」を送っている感覚だったと思うのです。




ところがその「余生」は過酷なことばかりでありました。




藤夜叉を守りきれず、不知哉丸は尊氏と不幸な形で再会する。尊氏と直義の足利家を二分する争い。




長い余生で為した事は何もなかった。




その無駄に長く生きた命を活かす最期の機会。



「根は気の優しい子にございます」



藤夜叉を失い、そして石も去り、そして養父であった直義も亡くなった。




尊氏と直冬の間に立てるのは自分だけ、自身の命を使う最期の機会。




その甲斐はありました。




直冬は右馬介の死を目の当たりした時、己の中で押し殺してきた「己の限界」を確信してしまったのです。



「父は殺せない」



具足師柳斎の死がこれ程堪えるのだから。

太平記の感想最終回「幸せな最期」

右馬介は長く生き過ぎました。




尊氏もまた自身を「儂は長く生き過ぎた」と宣っておりましが、、、尊氏はそんなことはない。寧ろ、絶妙な時期まで生きたと言えるかな。




尊氏が最後に病を得たのも、



「もう、ゆっくり安め」



という御仏の計らいかもしれませんね。




そして、尊氏自身も数多の不幸を乗り越え悟りの境地に至っている。



今となっては敵も味方もない



幸せな最期ではないでしょうか?




30年苦楽を共にしてきた妻



同じく30年共に歩んできた友



そして、どこまでも明るい息子


美しい国はまだ道半ばとは言え、悪くない人生であったと振り返っておりましたね。




「皆、共にこの世を生きたのじゃ」
「共に生きたのじゃ」




誰からも愛される人間磁石尊氏らしい言葉であったと思います。




以上、太平記(大河ドラマ)最終回のあらすじと感想「尊氏の死」でございます。

大河姫

この物語は此処までに致します。

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