太平記(大河ドラマ)のあらすじと感想第30話「悲劇の皇子」。中先代の乱で鎌倉が二度目の陥落。そのどさくさ紛れに大塔宮が・・・(涙)後醍醐帝は護良の安否を心配しますが・・・なんだか「アリバイ作り」に見えたのです。太平記(大河ドラマ)のあらすじと感想第30話

太平記(大河ドラマ)あらすじ第30話「悲劇の皇子」

後醍醐帝は自らが諸国を支配する建武の新政を強力に推し進める。しかし、大内裏の造営に伴う増税で庶民の暮らしは一向に良くなる気配が無かった・・・。



大河姫

前も書いたかもしれませんけど、このころ「紙幣」も発行して経済的にも混乱。道誉も一枚噛んでたらしい・・・。原作にはそんな下りも描かれている。

そして、諸国の武家たちの不満も急速に高まっていた。

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太平記あらすじ第30話上巻「都の闇」

建武2年(1335年)6月。




西園寺公宗邸。




公宗は鎌倉幕府時代には関東申次として都で権勢を誇っていたが、後醍醐帝に代表される「大覚寺党」が復権してからは閑職に追いやられていた。




ここに、北条高時の実弟泰家、日野資名など建武政権に不満を募らせる者があつまり後醍醐帝の暗殺を謀議していた。



大河姫

おお、北山殿のあれか。風呂に落とし穴作るのよね。吊り天井ならぬ落とし穴露天風呂。

右馬介はその動きを察知し、尊氏に報告をする。




尊氏は自らは動かず、まず新田義貞を訪ねる。



武者所


尊氏の突然の来訪に武者所には緊張が走る。




大塔宮逮捕からまだ1年も経過していないのだ。尊氏は久しぶりに義貞と対面する。



「何・・・?夜討ち??蛍狩りでか?」

「北山で西園寺卿は帝を罠にかけるおつもりぞ」



大河姫

尊氏、久しぶりに義貞とご対面。

義貞はあまりに物騒な知らせに驚きを隠せない。




尊氏は義貞にこれを未然に防ぎ首謀者を一網打尽に捕らえるように話す。また、このことはまだ義貞以外には知らせていないと付け加える。



「・・・何故足利殿自ら動かれないのか?」

「先の大塔宮との騒動の際は味方についてくれた借りもござるでな・・・」



大河姫

仲直り・・・というワケではないな。

尊氏は苦笑しながら応える。義貞は尊氏の「想い」を理解したようだ。




話は昨今の都や諸国の反乱についてに移っていった。



「多いのう・・・謀反が多すぎる・・・何故じゃ?」

「それがしには政の事はよく分からぬが・・・」

「かかる折に帝は大内裏の造営されるという」



大河姫

大内裏造営はね・・・。義貞も気付いちゃったね。

義貞もまた、今の政に課題を感じていた。



「・・・帝は・・・美しい都をお造りになりたいのじゃ」

「御心は・・・分からぬではもない」



「よかろう」

「儂は戦に勝てば良い、帝をお守りすればよい」

「それが武家というものであるな」

「今日の事、かたじけない」



大河姫

「儂は戦に勝てばよい」

か。
得意科目を頑張れという事なんだけど・・・。
不得意科目も基準点は取らないと落第なんだよね。

義貞は尊氏に礼を言うと、早速対策に動く。




また、右馬介はそのまま関東へ下っていく。都まで北条の残党が入り込んでいるのであれば・・・。




北条の都であった鎌倉が危ぶまれる。




新田、名和などの軍勢の急襲をうけ、後醍醐帝暗殺の謀議は潰えた。




近宗など公卿は捕らえられたが北条泰家はからくも囲みを脱し、信濃方面へとへと逃れていった。




その頃、石と藤夜叉は尊氏と右馬介の斡旋もあり、美濃国に来ていた。




代官として役職も得ていたが、今度は税を取り立てる立場になっている。




大内裏の造営もあり、税の取り立ては厳しい。農民の暮らしぶりを知る石はなんとか都から下向してきた上役に事情を説明するが、聞き入れては貰えない。



「わ、儂にも立場がある!頼む!!」



石は農民たちにも頭を下げていた。



大河姫

お?石は美濃に行ったのか。あら、石・・・ツラいね。立場逆転ww農民に頭下げちゃった。

代官と言っても普段は農民たちと同じように田畑を耕している。
藤夜叉は、



「きっとこれから良い世の中が来る」



と、笑う。



大河姫

帝の世になってから北条の時より税が重いね。まあ、よくあることだよ。犬が去って豚が来るとか。

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太平記あらすじ第30話中巻「鎌倉落ちる」

信濃には北条高時の遺児北条時行、そしてそれを支援する諏訪頼重がいた。北条時行を奉じた旧幕府軍は乾坤一擲、鎌倉奪還の戦をしかける。






時行の軍は信濃守護小笠原貞宗を撃破、さらに武蔵女影原で足利軍も破る。




勢いに乗る時行軍は小手指ヶ原、府中の合戦でも勝利し鎌倉へと迫っていた。



六波羅


六波羅には足利家の一門重臣が集まっていた。



「女影原では岩松常家殿、渋川刑部殿討死」

「小手指ヶ原は今川範満殿、府中では小山秀朝殿が討死」

「関戸まで敵が押し寄せ、ご舎弟殿が全軍を率いて迎え撃つとのこと」

「敵の足音は鎌倉まで聞こえております」



大河姫

岩松常家、死んだか・・・(涙)。新田殿のご親戚。

師直は鎌倉から届く凶報を報告する。




尊氏は暫し沈黙する。



「・・・爺(吉良貞義)、三河の兵を鎌倉へ回せぬか?」



「それは危のうございます」



大河姫

鎌倉ピンチ。そうだよね。信濃から三河を狙われる。約240年位後に我が子晴信も信濃から三河へ出た。

信濃には別働隊がおり、三河を窺っている様子もある。もし、三河が落ちるような事があれば鎌倉は退路を断たれる。



「・・・では・・・身内は誰も助けに動けぬのか?」

「ならば、儂が行く」



「恐れながら・・・ここには七、八百の兵しかおりませぬ」

「いかに殿でも七、八百では・・・」



大河姫

まじか、都には七、八百か。幕府時代の鎌倉を思い出す。

前回の大塔宮との争いと異なり、今度は新田や楠木も動かないと思われる。



「関東が落ちれば奥州も危ない」

「帝に願い出でて、武家全てを動かす許しを頂く」



尊氏の言葉に師直の目が光る。



「殿、武家全てを動かす許しとは如何なる許しでございするか」

「征夷大将軍に任じて頂く!参内じゃ!内裏へ参る!」



尊氏の決意。




足利一門ならば誰もが願っていたその言葉を尊氏自らが口にしたのだ。




爺こと吉良貞義は我が耳を疑った。



「師直殿・・・殿はなんと?」

「征夷大将軍と・・・!征夷大将軍と!!!」



大河姫

嬉しそうだな爺。師直wwww

尊氏は初めてその権威を望んだ。




しかし・・・。



内裏


「足利が参内したいと?」



阿野廉子。




尊氏と「共闘」し政敵大塔宮を排したが、既に足利の力は大きくなりすぎている。




廉子は冷笑する。



「大方、鎌倉へ軍を差し向けるお許しを得たいのであろう?捨て置かれよ」



坊門清忠は楽し気である。



「げにもげにもw帝はお風邪と申せ」

「しかる間に鎌倉が滅んでしまえば詮亡き仕儀と相成りまするかw」



清忠の言葉に廉子も嬉しそうである。




唯一の気がかりは直義に付けて鎌倉へ下向させた廉子の子である成良親王だが、既に海から逃がす手筈が整っているのだ。



「北条の残党ばらは足利が滅んだ後に新田や楠木に始末させれば良いw」

「あまたの武家はそのために飼っておるwww」



「坊門殿wwwそれは言い過ぎじゃwwオホホww」



廉子は「足利へのお断り」は勾当内侍に任せることにする。



大河姫

内侍では・・・尊氏はそんなので断られるものではないぞ。

内侍は必死に食い下がる尊氏と対峙する。



「今は火急の時、鎌倉の存亡がかかっております!」

「帝は誰にも拝謁はなさりませぬ」

「内侍殿!鎌倉が危ないのじゃ!何卒御内奏だけでも!」

「本日、帝は内奏もお受けになりませぬ」



内侍は苦し気に尊氏の願を退ける。鎌倉へ危機が迫っていた。



鎌倉


建武2年7月22日。




北条時行の軍勢を関戸で迎え撃った直義は敗れた。




鎌倉陥落は時間の問題となった。



「若御料、御台様におかれましては一刻も早く鎌倉をお発ちになるようにと!」

「直義殿の仰せか?」

「はい!ご舎弟様は藤沢でお待ちになると!」



藤沢までは右馬介が案内することになる。




既に成良親王は海から逃がす手筈が整っている。あとは、東光寺に幽閉中の護良親王だが・・・。



「護良親王はそれがしが・・・」

「いや、右馬介殿その必要はない」

「?」

「その必要はないとご舎弟様の命じゃ」



細川和氏の、いや直義の意図を右馬介は一瞬理解しかねるが。



「・・・斬るのか・・・?そのような命は受けておらぬぞ!」

「ご舎弟様の命じゃ!既に淵野辺が東光寺へ向かっておる!」

太平記あらすじ第30話下巻「東光寺」

鎌倉へ送られて8ヶ月。




護良親王はひたすら写経の日々を送っていた。




この夜も侍女の南に北条の軍勢に攻められ右往左往する鎌倉の様子を尋ねる。



「南か・・・?鎌倉の様子はどうじゃ?」



大塔宮は鎌倉に戦が迫っている事は察知していたが、それはもはや他人事のように感じている。



「・・・」


侍女の南・・・ではない。



「何者だ?」



そこにいたのは侍女の南ではなかった。護良親王は「意図」を察する。



「死んだ者の陰に怯え、死者に鞭打つか?」

「御免!」



大河姫

死んだ者の陰に怯え、死者に鞭打つか。。。(涙)。一説によれば、生き残ったとも言う。

大塔宮護良親王は淵野辺義博により殺害される。



内裏


後醍醐帝は目が覚める。



大河姫

後醍醐帝、何かを感じたか。

丁度、その時廉子が足利直義が敗れ、足利が鎌倉を捨てたことを報告する。



「成良はどうした!?」



「既に大磯まで逃げおおせたと」



我が子、成良の無事を確かめると安堵の表情を浮かべる。



「廉子、忠顕と坊門を召せ、新田も呼べ」

「はい!」

「護良は?鎌倉へ送った護良は逃げおおせたか?」

「・・・それは・・・未だ!」



大河姫

護良は?の問いかけに廉子、ビクッとなったね。

そこに、尊氏参内の意向が伝わる。




後醍醐帝は対応を協議する。



「程なく足利がこれへ参る」

「足利の願はただ一つ、軍を率いて鎌倉へ下りたいという事であろう」

「どう思う?」



忠顕と坊門は足利のこれまでの対応に批判的であり、関東鎮撫は別の武家に当たらせるべきと説く。



「別の武家とは誰か?」



「そは既に帝の御叡慮の中に・・・」



「・・・新田は此度の事をどう思うか?」



義貞は緊張の面持ちで正直な意見を奏上する。



「関東は北条の根城」

「誰がやっても治め難いのが関東」



寝返り者である足利への恨みが北条を鬼神の如く振る舞わせていると喝破する。




坊門と忠顕は新田なら勝てるのかと詰め寄る。



「行けと言われれば新田は何処へでも行きます」

「北条如きはいつもで蹴散らしてご覧に入れます」

「ただ、私も関東者であれば、足利北条の考えが分かる・・・」



「関東者の考えなどどうでも良い!武家は戦で勝てばよい!」



「忠顕!!口が過ぎる!もう良い」

「坊門も下がれ!」



そして。



「新田も下がれ」



しかし、義貞はには慈愛の表情である。




後醍醐帝は廉子と二人となると義貞の印象を尋ねる。



「廉子、新田をどう思う」

「気の利かぬ者ですが、心根は信じるに足るかと」

「あれは、頼りになる」



大河姫

気が利かないが、心根は信じるに足る。そうだね。そうだね。

義貞は内侍に導かれ退出していた。




途中、つい内侍に弱さを見せる。



「あのような場は苦手にございます」



大河姫

分かる。分るよ。義貞。。。私も会議がダメだった。

内侍は義貞に笑顔を向ける。義貞は何もおかしくはない。



「お公家の方々がよほど奇妙」



であると。




その時、参内した尊氏と廊下ですれ違う。




この翌年、尊氏と義貞は天下を二分して争うことになる。




以上、太平記(大河ドラマ)のあらすじ第30話「悲劇の皇子」でございます。

太平記(大河ドラマ)感想第30話「悲劇の皇子」

太平記(大河ドラマ)感想第30話「悲劇の皇子」。大塔宮護良親王の最期。ドラマだと描かれておりませんでしたが、原作だと「南(みなみ)」と呼ばれていた侍女が護良親王が殺害されたことを後醍醐帝に伝えるのですよね。因みに、淵野辺との戦いも結構凄惨な感じで描かれておりました。




もっと、史実的には「護良親王の死」に関しては足利家に特段の咎めは無かった。ただ、それがまた悲劇でもあるかな。

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太平記感想第30話「奇妙なお公家」

「お公家の方々がよほど奇妙」



勾当内侍のご意見に禿同です。




千種忠顕、坊門清忠、阿野廉子・・・。




特に坊門清忠ですね。




こんなに「嫌な奴」でしたっけ?




ただね。




これに思い当たる節がないかと言われればあるのですよね。




権力獲って調子に乗ってしまう人々。




まだ幕府を倒して1年ちょっと。




暫く試行錯誤で失敗して調子に乗っている時期ってあると思う。もっとも、政権基盤は「武家と公家の相乗り」ですからね。




失敗を反省する時間はないのですけど。

太平記感想第30話「護良親王の運命」

人生はタイミングだと思うのですよね。




護良親王と阿野廉子、千種忠顕や北畠父子、坊門清忠といった公家、足利や新田、名和、楠木といった武門。




元弘の乱で勝利を治めた彼らは、その後はお互いに己の勢力拡大を目指し政争に明け暮れたワケですが、その中に「北条」と結んでいた者はいなかった。つまり、北条の動きは「建武新政の政争の外」にあったのですよね。




この反乱があと少し早く始まっていたら・・・?




護良親王を鎌倉へと送ることは出来なかったかもしれません。




そうなれば、東光寺で淵野辺義博に殺害されることもなかった?




この間たったの8ヶ月ほど。




そういった意味でも護良親王は「悲劇の皇子」だと思います。




そして最期。




鎌倉が落ちたと聞いた後醍醐帝が思い出したかのように、



「護良は?鎌倉へ送った護良は逃げおおせたか?」



と、廉子に尋ねた時。




廉子は少々気まずそうにしていましたね。護良親王の存在などハナッから頭にはなかったから。




ただ、護良親王の安否を尋ねた後醍醐帝自身も、



アリバイ作りの為の心配


であったように見えました。そして、当然この英邁なる帝は自身のその「後ろめたさ」にも自覚的であったように見えました。




これが大塔宮護良親王の一番の悲劇ですね。




以上、太平記(大河ドラマ)のあらすじと感想第30話「悲劇の皇子」でございます。
大河姫

今宵は此処までに致します。

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