青天を衝けのあらすじと感想第20話「篤太夫、青天の霹靂」。上様が薨去あそばされてしまいました。天璋院は「万が一の時」の後継は田安亀之助と聞いていたものの、和宮は「次は慶喜が苦しめばよい」と後継を慶喜に。そして、将軍直参となった篤太夫は同じ武州の出の土方と出会う。青天を衝けのあらすじと感想第20話。

青天を衝けのあらすじ第20話「篤太夫、青天の霹靂」

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将軍家茂が倒れる。
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その報せは慶喜にも直ちに届けられ、慶喜はすぐ大坂城へ登城し病床の家茂をやっとの事で見舞う。
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「・・・一橋殿か・・・?」
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「はは」
「私と会えば病が高じると老中らに・・・」
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「一橋殿、私はまだ死ねぬのじゃ・・・」
「あの時命を賭けて儂を立てた井伊に面目が立たぬ・・・」
「それだけではない、天子様の妹君を御台に迎えながら攘夷を果たせず」
「天子様が憎む長州を討てておらぬ」
「・・・貴方にそのお覚悟はおありか・・・?」
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「先の上様や掃部守様のお見立ては正しかった」
「必ずや御本復の後に」
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「私は一橋殿とこうして腹を割って話したかった」
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慶応2年(1866年)8月。
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第14代将軍徳川家茂は大坂城で薨去。
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青天を衝けのあらすじ第20話上巻「家茂薨去」

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「殿!殿に建白を!!」
「殿は急ぎ大坂へ下られるのだ!」
「今を逃したら・・・」
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将軍家茂薨去の報せは京の一橋邸にも届く。篤太夫は居ても立っても居られなかったのだ。
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後継将軍最有力なのは一橋慶喜というのは衆目の一致するところである。また、今の幕府、公儀は誰が後継となってもその舵取りが難しいであろうことも。
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「殿!一橋にお残り下さい!!」
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篤太夫は大坂へ下る前の慶喜をつかまえ最後の建白をする。
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今の公儀は賢明な慶喜が継いでも倒壊は免れない。そして、もし倒壊すればその責任はずべからく慶喜が負うことになると。
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「言いたいことはそれだけか?」
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「は、はは」
「今となってはそれ一つ、それのみ」
「それがしに貴方様を支えさせて下さい」
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慶喜は無言で大坂へと下って行った。
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家茂薨去の報せは江戸城にも届く。
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大奥を束ねる天璋院の元には老中の多くが後継に一橋慶喜を推しているとの報告もある。
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「一橋はならぬ」
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[char no=”1″ char=”大河姫”]天璋院様・・・。一橋派の肝入りで輿入れしたのに。。。[/char]
天璋院は生前の家茂から自身に万が一のことがあれば後継は「田安亀之助」と聞いている。
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しかし。
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天璋院が大奥で悲嘆に暮れる和宮を見舞う。意外にも和宮は天璋院とは異なり「次期将軍は一橋慶喜」を聞いていると述べたのだ。
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「将軍にさえならなければ・・・(涙)」
「次は慶喜が苦しめばよい・・・(涙涙)」
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和宮は生前家茂が手配した見事な西陣織をみつめながら天璋院の胸で泣いた。
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青天を衝けのあらすじ第20話中巻「出陣」

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「病の中、上様は申されました!」
「政務を一橋様に委任し、養生に専念したいと・・・」
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「板倉(勝静)、真か?」
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「はは・・・」
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「私が将軍になれば徳川に大ナタを奮うやもしれぬがそれでもよいか?」
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老中たちは頭を下げる。
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数日後、慶喜は徳川宗家を相続する。
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[char no=”1″ char=”大河姫”]将軍職は未だ固辞中。[/char]

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「俺らの殿が征夷大将軍か!」
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篤太夫や成一郎の引きで家臣となっていた伝蔵改め須永虎之助ははしゃぐが、成一郎が厳しい表情で釘を刺す。
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「喜んでいる場合ではねぇぞ」
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公儀は目下、長州藩と戦争中である。
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一橋家臣ということは将軍直参。
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当然、長州征伐にも従軍することになる。
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戦況は既に苦戦が続いていた。
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篤太夫も討死覚悟で遺書のような文を血洗島村へと送る。
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しかし。
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北九州で辛うじて善戦していた小倉城が長州方に落とされ、もはや幕府の敗北は決定的となってしまう。
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幕府本陣
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「もはや此処までだ」
「引き際であろう」
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「し、しかし!」
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「もはや天子様以外誰もこの戦を望んでおらぬのだ」
「天子様にもお分かり頂かねばなるまい」
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[char no=”1″ char=”大河姫”]松平容保の様子が・・・?不満そうでございますけど大丈夫かしら。[/char]
慶喜は和議を決める。
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「・・・しかし、何も思うようにならぬ」
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御所では孝明帝が思うにならない世を嘆いていた。
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「国を閉ざす事も叶わず、長州も討てぬとは・・・」
「・・・そうじゃ、岩倉はどうしておる」
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「岩倉は和宮様降嫁の逆臣にて・・・」
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「いや、岩倉には誠の心があった」
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かつて、岩倉は後醍醐帝以来の朝廷中心の世にするには公儀の力を取り込むのが良いと孝明帝に教えた人物でもある。
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岩倉は未だ表舞台へは戻ってはいないが、薩摩の大久保とは常日頃から接触を持っていた。
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「儂ら公家は日本一頭が古い!」
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この日も大久保相手に公家の頭の古さを嘆いてみせていた。
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[char no=”1″ char=”大河姫”]岩倉は孝明天皇の信頼厚いんだよね。[/char]

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「儂は江戸の一橋家に戻る事になった」
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慶喜が徳川宗家を相続したことで、一橋の家臣の多くはそのまま横滑りで将軍直参となったが、猪飼勝三郎は生粋の一橋家臣といこともあり、一橋へ戻る事になった。
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猪飼勝三郎は初めて篤太夫たちが家臣となった時に銭を貸した事などを懐かしむ。
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「貸した銭も返ってきたしな!」
「将軍直参なのだからもって喜べ!」
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[char no=”1″ char=”大河姫”]銭は返していたんかw[/char]

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篤太夫と成一郎は陸軍奉行所の書記官として働き始める。
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しかし、篤太夫も成一郎もどうも「幕府の役人」は今一つ性に合わないようである。
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休憩中、篤太夫はもはや慶喜にはお目見えも叶わないことを嘆く。
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「いっそ、もう辞めちまうか?」
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成一郎も篤太夫の気持ちは分るのだが、やはり、此処に残り慶喜の為に何が出来るか考えてみたいという。
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「粋がりおって」
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篤太夫から見ると成一郎の「武士気取り」は少々鼻に付くのだ。
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成一郎は苛立った表情で皮肉を言う。
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「お前は口ばかりで武士に向いてねぇ」
「村に帰って百姓に戻れば良い」
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「お前、実はやっかんでんだべ?」
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「何?!」
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先日の長州征伐時も篤太夫の方が各方面から重宝がられ活躍していたのだ。
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[char no=”1″ char=”大河姫”]まあ、同期の出世や活躍はちょっと気になるわなw[/char]
篤太夫と成一郎はつかみ合いの喧嘩となり騒ぎを聞きつけた同僚にようやく止められる。
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二人の血の気の多さは奉行所内でちょっとした評判になる。
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青天を衝けのあらすじ第20話下巻「武州の百姓二人」

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この日、新選組副長土方歳三以下数名の隊士と篤太夫は謀反の嫌疑がある書院番士の大沢の元へ向かっていた。
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数日前、この大沢が武器弾薬を多量に蓄えているという噂が奉行所に届いたのだ。
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奉行所の役人が「奉行の名代」として出向かねばならないのだが、相手は武器弾薬を蓄えているという噂もあり、皆腰が退けていた。
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そこで、白羽の矢が立ったのが篤太夫である。
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無論、護衛には壬生の狼新選組が付く。
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土方は「全てこちらで始末する」と請け合ってくれたのだが。
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「それでは道理が通らない」
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大沢某の元に自身が出向き、まずは嫌疑があることを伝え、嫌疑が晴れればそれで良し、晴れねば捕縛というのがあるべき姿であると。
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道中の警護は受けるが大沢の屋敷には自身一人で入るというのだ。
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土方はやや呆れ気味ではあるが、篤太夫の言う通りにすると応じる。
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大沢某の家の前。
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「ホントに宜しいのですな?」
「武士に二言はねぇ」
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篤太夫は御用改めであると大沢邸へ入って行った。
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大沢某はやはり謀反を企んでいた。
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篤太夫は大沢の仲間と思しき数人に取り囲まれ斬り結ぶ。
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その時。
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「新選組だ!」
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土方達が踏み込み、篤太夫は九死に一生を得る。
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帰り際。
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篤太夫はこの「下らない」任務を幕吏の悪癖であると悪態をつく。
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「お主、直参でありながらその物言い」
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土方が篤太夫を咎める。
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「構わねぇだろ?明日には辞めてるかもしんね」
「俺は元は武州の百姓だ」
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「百姓?」
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「草莽の志士になると言ったはいいが戦いはねぇ」
「そして、いまや大嫌いだったはずの幕臣だで?」
「俺にはお武家様など合ってなかったのかもしんね」
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「ふふふ・・・合点が言った」
「俺は武州多摩の百姓だ」
「俺は畑を耕し行商するのが嫌でこの道を選んだ」
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「日の本の為に潔く命を捨てる時まで己の道を貫く」
「己の命に微塵も未練もない」
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「日の本を守りたいという気持ちは同じだ」
「それだけは俺も曲げねぇ」
「土方殿に会えて良かった」
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大沢は奉行所へ連行され、成一郎が江戸まで護送することになる。
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「渋沢、其方が江戸まで護送せい」
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土方は昨日会った「篤太夫」と同じ渋沢という名に反応し思わず笑ってしまうが、成一郎は事情を知らず不思議そうである。
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以上、青天を衝けのあらすじ第20話「篤太夫、青天の霹靂」でございます。
青天を衝けの感想第20話「篤太夫、青天の霹靂」
青天を衝けの感想第20話「篤太夫、青天の霹靂」。慶喜にとって孝明天皇と将軍家茂が両翼。その片方を本日失ってしまいました。来週は最後の拠り所である孝明天皇も・・・(涙)。
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さて、将軍家茂亡き後の後継は一橋慶喜。
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「賢明な殿でも幕府の倒壊は免れない」
「その責めを一身に背負うことになる」
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篤太夫に言われるまでもなく、慶喜も当然その認識はあったでしょう。とは言っても自身以外では誰が後継となるべきか??
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火中の栗を拾うといった覚悟、いや・・・?
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青天を衝けの感想第20話「理由」
家茂が後継に推した田安亀之助君は文久3年(1863年)生まれで1866年現在3歳です。
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慶喜と家茂が将軍を争った際も家茂(慶福)の年令が若すぎるということもありましたが、それでも征夷大将軍に就任した時の年齢は13歳でした。
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3歳では「幼い」以前にそもそも
「無事に成人するか?」という問題もはらんでおります。
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冷静に考えれば将軍後見職、そして禁裏御守衛総督として孝明天皇の覚え目出度く実務にも通じ英邁の評価も高い慶喜しか選択肢はない。
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慶喜は自身の存在も含めて公儀と朝廷からなるこの「連立政権」を俯瞰して眺める事が出来たと思うのですよね。
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亡き家茂の存在価値もおそらく
家茂以上に理解していた。
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慶喜自身も「自身が受けるしかない」という覚悟、いや半ば
「諦め」のような心境であったのではないかと思います。
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ただし、将軍就任は引き受けるが、受けるからにはやるべき事、言うべき事は言う。
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例えそれが誰であっても。
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その象徴が、
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「天子様にもお分かり頂かねばなるまい」
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という言葉に集約されているように思います。
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そう考えると「火中の栗を拾った」とは言え、希望が全くないワケではなかった。
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幸い、慶喜は孝明天皇の圧倒的信頼を勝ち得ているのだから。来週にはお隠れあそばしてしまいますが・・・。
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あと、一点慶喜に見えていないものが・・・?
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長州征伐を取りやめた時の
会津殿のご不満なご様子が少々心配にございましたが・・・?
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これは布石なのか!?
青天を衝けの感想第20話「大奥の意向」
一応、通説では家茂の希望は田安亀之助君3歳。
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しかし、その意向は知りつつも和宮は時勢を鑑みて一橋慶喜を後継にと、大奥の意向を表に伝えたとされます。
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青天での和宮は天璋院が聞いていた家茂の「将軍継嗣は亀之助君(3歳)」という意向を曲げて次期将軍に慶喜を推薦するものの、その理由は時勢を鑑みたワケではなく慶喜にも将軍職という地獄を見せるため。
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歴史的事実は変えずにその解釈、内面を深掘るという上手いやり方ですね。
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和宮はこの後「地獄を見た」慶喜を助ける役回りが待っておりますが、この辺りはどうなるかも楽しみであります。あ、そう言えば若干天璋院様の印象が薄いかなぁ・・・?
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大奥関係は和宮中心で描かれるのか・・・?
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さて、大奥関係で気になったのがもう一つ。
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大奥三千人。
下も含めると三万人とな。
メタクソ金食い虫なんだよね。。
コレばっかりはあの薩長の奴らが維新しなかったら解体出来んかったと思う。。
悔しいけど。#青天を衝け#大河姫 pic.twitter.com/uYkpBJQa6e— 萌える大河姫 (@taiga_takeda) June 27, 2021
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大奥三千人と宣っておられましたが、下の下まで含めるとその数は三万人とか。
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大事なのは彼女たちは基本的には何も生産はせず消費をするのみ。
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しかし、その権力は中々のもので、倹約大好きの徳川吉宗も大奥は別腹としていたとか。
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悔しくはありますが、大奥の改革(あるいは解体)は徳川政権では難しかったかな・・・。
青天を衝けの感想第20話「命の使い道、篤太夫と土方」
攘夷に限らず革命家界隈の習い性ではありますが、兎に角みんな死にたがる。あと、百姓や商人から武士になると「武士よりも武士らしくありたい」と考える余りこれまた死にたがる。
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篤太夫もかつてはそうでした。
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幸い、篤太夫は子供が生まれたコトをきっかけに「無駄死に」はしないと心に誓っております。
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一方で土方。
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「己の命に微塵も未練もない」
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これはやはり「百姓出身」だから、武士に憧れる余りの発言・・・?
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やべー。
カッケーわ。。
土方は決して命を粗末にしてる訳でねぇんだ。
逆なんだ。
「一日一生」
なのよね。
いつ死んでも後悔無い位に日々全力で生きてるの。#青天を衝け#大河姫 pic.twitter.com/IYmvqU9z2A— 萌える大河姫 (@taiga_takeda) June 27, 2021
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命の重さ、日の本への想いに関して篤太夫と土方はまさに紙一重なんですよね。
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篤太夫も土方も命ある限り日の本に尽くすという覚悟は同じ。
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それを長尺で考えるか一日単位で考えるか。
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確かに篤太夫は武士には向いていないかもしれませんね。
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しかし、それは決して篤太夫が土方より劣っていると言う事ではない。
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二人はこの短い邂逅で新しい世界を見たように感じたのではないかな。
・・・ちょっと大仰かな?
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以上、青天を衝けのあらすじと感想第20話「篤太夫、青天の霹靂」でございます。

今宵は此処までに致します。
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