いだてんのあらすじ第32話です。帰国した日本選手団は日本中から大歓迎を受ける。日比谷公園で行われた歓迎式典にはオリンピックメダリストを一目見ようと多くの市民が集まっていた。大河ドラマいだてんのあらすじ第32話。
いだてんのあらすじ第32話上巻~ベルリンへの決意~
ロサンゼルスオリンピックでの日本選手団の爽やかな健闘は軍靴の足音が聞こえ、国際的にも孤立を深めつつあった暗い世相を一時明るくする。女子競泳で初の金メダルを獲得した前畑秀子の人気は大きい。
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4年後も頼む
ロサンゼルスから帰国した日本選手団は東京市民の熱烈な歓迎を受ける。
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日比谷公園にはロサンゼルスオリンピックで活躍した選手を一目見ようと多くの市民が駆け付けた。選手達も改めて自分達のオリンピックでの活躍がいかに多くの人々に勇気を与えたのかを実感する。
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この歓迎式典には先日のIOC総会で東京オリンピック正式招請を決めた東京市長永田秀次郎も駆け付ける。
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永田は銀メダルを獲得した前畑秀子を見つけると駆け寄り、
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「なぜ君は金メダルを取らなかったのか」
「0.1秒差ではないか・・・無念でたまらない」
「4年後こそ頼むよ!」
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と声をかける。
前畑秀子は永田の言葉に絶句してしまう。
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前述の通り、前畑秀子は昨年両親を相次いで亡くしているという事もあり、水泳はこのロサンゼルスオリンピックで引退する事を考えていた。
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前畑の想いを汲んでいた政治はデリカシーのない永田の言葉に怒る。
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永田は自身の無遠慮な言葉を詫びるが・・・。なんとか選手を続けてくれればと涙を浮かべ熱く語る。
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「全国民が君に期待していた・・・だから悔しいのだ・・・」
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永田としてはなんとしても東京オリンピックへの想いもあった。ベルリンで女子の有望選手がいれば、東京招致の可能性に寄与するとも考えていた。
現役続行!
前畑秀子の現役続行を願うのは確かに永田秀次郎だけではなかった。
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彼女の元には日本全国から激励の手紙が山のように届いていた。
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前畑秀子は銀メダルを獲得したが、世界のレベルをよく分かっている。4年後当然世界各国のライバルも厳しい鍛錬を積んでベルリンへやって来るのだ。もし、このまま現役を続けても勝てるかは分からない。
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結局。
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現役続行を決意する。
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そして、この日から毎日2万メートルを泳ぐ事を自身に課す。それは練習中泳いでいながらプールの中で汗が流れるのが分かる程の過酷な鍛錬であった。
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いだてんのあらすじ第32話はまだまだ続きます。東京招致に暗雲が・・・。
いだてんのあらすじ第32話中巻~暗雲~
1940年オリンピックはイタリアのローマが一歩抜けていると考えられていた。しかし、日本にはある「希望」があった。
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総統の心変わり
国家社会主義ドイツ労働者党。通称ナチスの名で知られヒトラーに率いられたこのドイツの政党は1933年に政権の座に就く。
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ヒトラーは既に開催が決まっていたベルリンオリンピックには批判的であった。
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「ユダヤとフリーメイソンによる発明」
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ヒトラーが政権を掌握すればオリンピックを返上するのではと言われていた。1936年大会をベルリンが返上すれば、繰り上がりで1940年最有力のローマが1936年の開催となる可能性が高い。
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ところが・・・。
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ヒトラーは宣伝相ゲッペルスの提案もありベルリンオリンピック支持を正式に表明する。これで、日本は1940年大会招致でローマに勝たなければ招致は叶わない。
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さらに間の悪い事が続く。
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東京オリンピック招致に積極的であった永田秀次郎が部下の汚職の責任を取る形で引責辞任。さらに、満州事変を調査していたリットン報告書が出されると帝国政府はこれに反発。
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リットン報告書は必ずしも帝国に不利な内容ばかりではなかったが、結局国際連盟を脱退してしまい、国際的孤立を深める。
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重苦しい雰囲気の中、
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「紀元2600年国際オリムピック競技大会東京開催実行委員会」
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が開かれる。
永田秀次郎に代わる委員は後任が決定し次第となり、杉村陽太郎、副島道正、山本忠興、田畑政治そして嘉納治五郎が委員となる。
岸清一の死
永田秀次郎の後任には牛塚虎太郎が就任。また、1933年のIOC総会で杉村が新たにIOC委員に就任。これで、日本には嘉納治五郎、岸清一、そして杉村陽太郎の三人が委員となり、投票では「3票」が確定する事になる。
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また、そのIOC委員会の議論で1940年の開催地は、
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「東京、ローマ、ヘルシンキ」
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の三都市にほぼ収斂しつつあった。
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もっとも・・・。
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「ローマが一歩抜けている」
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というのが多くの委員の共通認識であった。2年後に迫った投票までに東京はローマを逆転しなければならないのだが・・・。
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以前から病がちであった岸清一が急逝してしまう。岸は病床で東京オリンピック誘致のために力を尽くしたいと語っていたが、それは叶わなかった。
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後任のIOC委員には副島が選任される。
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いだてんのあらすじ第32話もいよいよ最後の段。1940年大会はローマが優勢のようだが・・・?
いだてんのあらすじ第32話下巻~対ムッソリーニ対策~
翌1934年、嘉納、杉村、そして副島の三人はアテネで開催されたIOC総会に出席。この頃ローマでは大理石の荘厳なメインスタジアムが完成間近であり、各国のIOC委員もローマを推す声が支配的であった。
逆らわずして勝つ
帰国すると実行委員会が開かれるが、明るい話題はない。
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一部の国(アメリカやスウェーデン)は日本支持を表明してはくれていたが、IOC総会の雰囲気はローマ一色である。政治は直接IOC総会には参加していないが報告を聞く限りではもはや手詰まりを感じていた。
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「どうします?諦めますか?」
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この問いかけに嘉納治五郎が思わぬ発言をする。
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「ムッソリーニに譲ってもらうのはどうか?」
「!?」
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ムッソリーニは陽気なイタリア人気質の指導者で、話の分かる男(らしい)と言う。
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また、イタリアはエチオピアを巡って国際的に孤立気味であり、なんとなく国情も帝国に近い。
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折よく、杉村陽太郎がイタリア大使に赴任するという。これならムッソリーニに確実に会う事が出来る。
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嘉納治五郎は日本の文化とスポーツ施設をアピールする冊子を作り、これをムッソリーニ説得の材料にしようと発言し杉村と大いに盛り上がる。
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副島は前のめり気味の二人にやや困惑するのであった。
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以上、いだてんのあらすじ第32話でございます。
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