武田信玄(大河ドラマ)の感想第34話「上州攻め」。上州箕輪城城主は長野業盛(保阪尚輝若!)。箕輪城攻めの真田幸隆の様子が時の流れを感じさせます。四朗勝頼は初陣をむかえますが義信は・・・。悲劇の親子関係決着!武田信玄の感想第34話!
武田信玄感想34話「謀反の後始末」
時は永禄8年(1565年)。飯富兵部の謀反は鎮圧されたものの、武田家の表と裏での不協和音が印象的です。
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表
表では倉科三郎左衛門(里見の父、御年80位!?)や原昌胤(陣馬奉行原晶俊の息子)が、更なる捜査と粛清を求める一方、馬場信春はこれ以上の粛清は無意味であり、家臣一丸となり外に敵を求めるべしと言います。
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倉科三郎左衛門はともかく、鬼美濃、飯富が亡くなった今、この武田家中で信虎時代から信玄を支えて来たのは馬場だけとなりました。
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まあ、喧々諤々の議論が戦わされるのですが、
一番印象的なのは・・・。
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「信玄の表情」
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ですね。
若い頃は勢い(と、背伸び)、湖衣姫を失い川中島で上杉政虎と戦っている頃は自信に満ちていましたね。
母、大井夫人の言葉を借りるとその頃から、
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「男の気配」
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を感じさせるようになっていました。
ただ、今回の信玄の表情は、
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でしたね。
一枚岩の家臣達の意見が割れ、そして自分自身も「解」が見いだせない。義信事件は自らの「未熟」が招いたと痛感している信玄としてはこの家臣の議論が
全て自身への非難に聞こえていたのではないかと思います。
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「自分の事を申すわけではないのですが」
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ここで、この永遠に続くかと思われた議論に終止符を打ったのは大熊朝秀。
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「謀反は深き恨みがあるとは限らない」
「深追いは禁物にて寛容の精神が大事」
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当然ですが、武田の家中には「裏切り者」はいません。なので「裏切者」の意見は傾聴に値します。経験者には誰も反論は出来ませんからね。
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ここで少し思い出したのが「おんな城主直虎」のノブこと本多正信。
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「流石、裏切り者よ!」
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と、言われるようになる。
まあ、本多正信は出戻りなので大熊朝秀とは違いますが、幅広い人材がいる事は強みにもなるという事ですね。
裏
「義信は飯富に騙されただけなのじゃ」
「私はお館様に従います」
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現状裏方には、
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- 三条の方(正室)
- 里美(側室)
- 恵理(側室)
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の三人がおります。
若干力関係が変わったかな?と感じる部分がありましたね。恵理は公然と三条殿の意見に異を唱えていました。まあ、流石に三条殿の言い分には無理があるんですけど。
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そして、信玄。
三条殿が信玄に義信の許しを請いますが信玄は「命を取らない」のが親として出来る精一杯と言います。
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「誇り高い義信は自ら命を絶つかもしれません」
「それもまた、生き方じゃ」
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信玄は既に、落としどころは義信の死になるのであろうと予感していたのだと思います。
武田信玄感想34話「箕輪城攻め」
ついに、永禄9年(1566年)上州攻箕輪城を攻めます。長野業盛役は保坂尚輝。
・・・若い。
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勝頼初陣
四朗勝頼が此度初陣となります。
しかし・・・。
まあ、義信の事があったのでという事なのでしょう。
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「信玄優しい」
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ですね。
この時点で事実上、武田の家督は勝頼が継ぐ事が内々定といった感じだと思います。この年二十歳を過ぎるまで「諏訪衆」として育ち、甲斐での人脈が薄い事が後々の悲劇につながっていると思うのですが。
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※関連記事:→勝頼の悲劇について前編
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今回はそれについては語りません。ただ、信玄は勝頼に甘い。
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何度か申している通り、義信の父信玄への憎しみは根深く大きいのですが、実は、信玄自身は「暗殺未遂」が起きるまでは「そこまで恨まれている」とは夢にも・・・という感じでしたからね。
真田、男泣き
ちょっと淋しいシーン。真田幸隆が武田家重臣の列に連なって以降、鬼美濃と真田の丁々発止のやり取りは軍議の様式美の域に達していましたからね。
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「鬼美濃殿がおりませぬ」
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鬼美濃は信虎時代からの仲間意外では、山本勘助と打ち解けていましたが、また真田とも面白い関係でした。
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先に逝ったのが鬼美濃だったので真田は淋しさを感じたのだと思いますが、もし、あの世へ逝く順番が異なっていたら鬼美濃もきっと、
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「小賢しい真田がおらんのは淋しい」
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と感じたと思います。
武田信玄感想34話「光」
ついに義信は切腹してしまいます。この義信の最期は美しく切なく儚くとにかくすごい演出でした。そして、堤真一、流石だと思います。憎しみの炎が消えておりました。そして。信玄が「老いて」いますね。
憎しみの沼
「海の音が聞こえる」
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義信のその言葉に信玄は板戸を外すように命じます。そして、信玄自ら障子を開きます。
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その後ろ姿。
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武田信玄はこの年45歳。ただ、今回はその年齢以上に一気に年を取っているように感じました。丸まった背中を見るに「小さくなった」と感じます。
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そして、久方ぶりの陽の光を浴びる義信。
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「某の望し物はただの光と分かりました」
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私はこの瞬間が親子の間の和解、いや「理解」だったと思います。
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「ただの光」
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それは、父信玄からの「暖かい言葉(行動)」なのだと思います。ただ、父親から認められたいと、愛情に餓えていた。信玄も涙したのは、自分自身の事を思い出していたからでしょう。
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晴信もまた、父を理解した上で、父信虎を憎みながらその一方で信虎からの暖かい言葉を求めていた。自分自身が父親を憎みながらも、その情愛を求めていた事を思い出し、義信もまたそれを求めていただけでであるにも関わらず、そんな簡単な事が分からなかった己の未熟さ、そして、義信の命を奪っても良いと思った自分自身の中の鬼、そういった複雑な感情の発露だったかな。
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以上、武田信玄の感想第34話「上州攻め」でございます。

今宵は此処までに致します。
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