麒麟がくる藤田伝吾実在の武将なのか?麒麟がくるのキャスト発表で徳重聡が演じると発表された藤田伝吾。明智光秀「股肱の臣」であり「槍働き」には非常な定評のある武将という事ですが歴史好きでもあまり聞かない名前です。さて、藤田伝吾実在するのか?

麒麟がくる藤田伝吾は実在するのか?

麒麟がくるのキャスト発表(2019年6月17日)で徳重聡さんが演じると発表された藤田伝吾。麒麟がくるでの役どころは光秀「股肱の臣」といった感じのようです。明智家に仕え、槍働きを得意とする実直な武将。




大河ドラマでは度々「架空の武将」や「何人かの実在の武将をモデルとした武将」が登場する事も多いですね。最近でも2017年の「おんな城主直虎」では龍雲丸という魅力的なキャラクターが登場しておりました。




藤田伝吾は実在の武将なのでしょうか?






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藤田伝吾を演じる徳重聡の決意

結論から言うと藤田伝吾は実在の武将です。藤田伝吾を演じる徳重聡さんが2019年6月17日に行われた麒麟がくるのお披露目会見で決意を語っています。




ドラマや映画でほとんど描かれていない人だと思いますので、私が演じた藤田伝吾が、世の中の藤田伝吾のイメージとなってもおかしくないと思って、責任感を持ってやっていきたいと思います。



確かに、大河ドラマをはじめ映画や歴史小説でも殆ど描かれた事のない武将ですね。




徳重聡さんは「八重の桜(2013年)」で大久保一蔵を演じて以来の大河ドラマ出演です。大久保一蔵と言えば鹿賀丈史・・・!という人が多いと思うんですけど(原田泰造という人もいるかな・・・?)藤田伝吾は演じ方によっては「藤田伝吾と言えば徳重聡」となるかもしれません・・・!




さて、その藤田伝吾とはいったいどのような人物だったのでしょうか?

藤田伝吾とは?

藤田伝吾は明智光秀の家臣で「明智五宿老」の一人と言われております。伝吾は通称で「藤田行政」が正式名のようですね。

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明智五宿老の一角

明智光秀の家臣と言うと、やはり斉藤利三と明智秀満の二人が良く知られていますがこの藤田伝吾も光秀の父である明智光綱の時代から明智家に仕えていた「明智股肱の臣」。




因みに「明智五宿老」とはこの藤田伝吾を含め、



  • 明智秀満
  • 斉藤利三
  • 明智光忠
  • 溝尾茂朝
  • 藤田伝吾


の五人を指します。




信長公記によれば、この五人は光秀の信任厚く、本能寺の変のを起こすにあたり光秀が謀反の相談をした宿老と言われております。




明智光秀は本能寺の変で信長を討ったものの、その後「中国大返し」を成し遂げた秀吉との戦いに破れてしまいますが、この五人は「明智五宿老」の名に恥じない戦い振りでいずれも光秀の後を追っていますね。

藤田伝吾は本能寺の変には反対?

本能寺の変直前期の明智家臣の苦悩については、斉藤利三が良く知られていますね。内心は反対であったものの、大恩ある光秀の願いとあればそれに従ったと。




実は斉藤利三だけではなく、藤田伝吾も、いや「明智五宿老」は皆反対であったという説もあるんですよね。




明智光秀が最初に相談をした秀満はあまりにも無謀と反対。




そして、その後藤田伝吾を含め四人にも諮ったものの皆反対。




ただ、後に秀満は既に自分だけではなく光秀が四人にも「謀反の意志」を相談した事を知ると、もはや秘密が漏れるのは時間の問題と光秀の背中を押したと。




一族の秀満が賛意を示したことで流れが一気に「本能寺の変」に動いたという事ですね。

藤田伝吾の活躍と最期

藤田伝吾は本能寺の変に際しては光忠・溝尾と第二陣四千を率いて本能寺・二条城攻撃で活躍。




信長を討取った(首は取れなかったが・・・)後は畿内を固めるべく大和の筒井順慶を明智方へ合力するように説得に向かったものの、秀吉の使者も順慶に接触していた事もあり合力を拒否されております。




山崎の戦いでは右翼を守り奮戦するも体中六箇所に負傷し、淀まで落ちた後に自刃。光秀の籠る勝龍寺城陥落の報に接しもはやこれまでと覚悟したようです。




麒麟がくるでの藤田伝吾は「槍働き」に非常に優れた実直な武将と言う事ですので、最期の活躍にも注目したいですね。




以上、麒麟がくるの藤田伝吾は実在?でございます。

大河姫

今宵は此処までに致します。

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