武田信玄(大河ドラマ)の感想第42話「二重の死」。三条の方が亡くなり、八重もまたその後を追います。「八重が一緒であれば、母上も心強いでしょう」竜宝の言葉にハッとします。そう、三条は勿論、竜宝にとっても八重は心休まる乳母であったんでしょうね。三条と八重の亡骸が手をつないでいたのがなんとも悲しくもあり、また、微笑ましくもありました。武田信玄の感想42話!
武田信玄感想42話「ハッスル三郎左衛門」
倉科三郎左衛門。
初登場は武田信玄第2話「別れ」でしたね。その時既におじいちゃんだったんですけど・・・。
はたして今、いくつ!?
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ほのぼの
ご存知の通り、倉科三郎左衛門は側室里美の祖父。
そう、父ではなくて祖父でございます。
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初登場時は信虎追放が天文10年(1541年)ですが、この時若く見積もっても流石に五十歳近いと思います。
(EX:里美16歳、里美父32歳、三郎左衛門48歳?)
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すると、もう八十近いおじいちゃんです。
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しかし、元気ですね!
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今回は、慣れない饗応役を命じられていましたが謎の常識を披露して信玄と信廉を困惑させているのが面白い。
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「御神酒を切らしてならないと聞いております!」
「誰に?」
「え?!誰って・・・??」
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おじいちゃんあるあるです。
でもね。
流石、信玄。
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「万事任せる」
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このほのぼのとしたやり取りは今宵の悲しき物語の中で唯一、微笑ましい場面だったかと思います。
武田信玄感想42話「三条と八重」
三条殿は「お姫様」です。しかし、決して「弱い」姫様ではないのです。むしろ、気位の高い強い姫様でもございます。そして、あの一夜以来、信玄もまた、その事を理解するようになったんだと思います。
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三条の願い
三条は都から遥々自分の見舞いにやって来る正親町三条公兄の御下向を床の上で迎える訳にはいかないと表へとやって来ます。
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この時三条は、
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「自分は甲斐で幸せであると見せて、その事都に知らせたい」
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と言っています。
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片田舎の山国に嫁ぎ、嫡男は廃嫡、次男は光を失い僧籍に。家督は側室の子が継ぐ上に自らは重い病。都人に「お可哀そうに」と思われるのは気位の高い三条には許せなかったのでしょうね。
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信玄は最初は床へ戻るように言いますが、この頃は、余命いくばくんもない三条の願いは叶えてやりたいと思っていたんでしょう。表で共にで迎える事を認めます。
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この時恵理もまた「お方様の願いを叶えて下さい」と言っていますが、少々薄っぺらい恵理殿(失礼!)も信玄と三条の、外からは伺い知る事が出来ない関係性をうっすらと感じていたように思います。
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結果的に、この無理が祟り三条は亡くなりますが、
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「何故お許しになられたのですか?」
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と、尋ねる御宿にただ一言。
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「すまぬ」
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と、言う信玄の寂しげな様子が胸を打ちます。勿論、私はこれで良かったと思います。
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信玄は三条に少しでも喜んで欲しくて都に手紙を書いて都の香漂う公卿様の御下向を願ったのです。最期の力を振り絞ってお迎えして、きっと本望であったと思います。
八重の願い
三条は表で正親町三条公兄を出向むかえることともう一つの願いを信玄に伝えます。
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「今日一日八重の縄をお解き下さい」
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三条は八重にも都の香漂う屋敷の雰囲気を感じて欲しかったのでしょうね。しかし、八重は見張りの目を盗み、既に部屋にはおりませんでした。
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そして、三条の死後八重は三条の元に現れます。
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「姫様!!姫様!!!!ひーめーさーまー!」
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改めて。
八重にとっては三条こそが都であった事が語られます。
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「その方の罪許す。京に戻れ」
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八重は三条と共に逝く事を望みます。必死の表情で、まだ三条の温もりが残っている内に逝かないと間に合わないと、信玄にすがる姿には憐れを感じずにはおられませんね。
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死後の二人が手を取り合っているのは信玄の優しさなんでしょうか。
武田信玄感想42話「闇」
三条と八重を失い、信玄自身も自らの「死」を考えます。今回のお話しで一番感じた事。ある意味では「助けを求める事」も才能なのかもしれないということ。
父上の声は聞こえない
父信玄から自分はあと何年生きられるかと問われ、闇しか見えないという応じる竜宝。竜宝は信玄が都に立つことが出来ない姿が見えているのか?
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「何も見えない」
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竜宝は助けを求める声を聞く事は出来るが、自らの弱さ自ら乗り越えていく信玄のような存在は助けを必要としておらず、当然声も聞こえない。
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信玄ほど極端ではなくても、人に助けを求めるのが下手な人はいますね。
(助けて欲しいのに助けてと言えずに憐みで人を操る人ではない)
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これはある種の悪循環。自分の力だけで乗り越える事で自分への確たる自信を深め、益々、助けを求める事を必要としなくなる。
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そうすると、「助けの求め方」が分からなくなって行く。
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歳を経て、ついに助けが必要な時助けの求め方が分からない。一言声を発するだけで助かった人も多いのではないかと思います。
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昨今は助けを求めるべきなのにそれが出来ない人、一方で、自らの力で乗り越えるべきなのにそれをしない人。
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武田信玄のような偉人ではなない我々には、きっと両方がバランスよく必要なのだと感じますが昨今は何事も両極端が流行りのように感じます。
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少々脱線申しましたが、以上武田信玄の感想第42話「二重の死」でございます。

今宵は此処までに致します。
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