武田信玄(大河ドラマ)の感想第39話「京の夢」。ついに三増峠の戦いも終わります。そろそろ終盤ですね。39話まで来てようやく、信玄と三条殿夫婦はお互いの気持ちを知るという(涙)。なんとも切ない・・・。何たる30年!なんたる39話!涙、涙の武田信玄の感想第39話!
武田信玄感想39話「諏訪大祝」
三増峠の戦いの後、甲斐へと引き上げる際中のお話し。一段と冷え込む帰路、勝頼が「諏訪四朗勝頼」ではなく「諏訪神社大祝」としての仕事をします。
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心の眼
戦国時代、基本的に雪の中の戦はありません。当時の装備での雪中行軍は自殺行為ですからね。ただ、この年は少々早めに冬がやって来たようです。
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寒さに凍える下級兵士が神社の床板を剥がし暖を取りはじめます。確か、原作では信玄はその事態を知り、一瞬怒ったと言います。諏訪大明神は武田家の守り神でもあります。ただ、この寒さの中、外で過ごす兵達の事を鑑みれば無理からぬ事思い直したとありました。
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そして、その諏訪大祝諏訪頼重の血を引く勝頼に応変の処置を命じます。この時点で信玄自身はその解を持っていたと思います。しかし、敢えてそれは伝えずにテストをしたといった感じでしょうか。
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この応変の処置という命が良いですよね。このように「ふわっと」した指示で良い仕事をする人間は優秀です・・・。
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勝頼としては兵の気持ちを鑑みる同時に、諏訪大明神への信心もまた、大事にしなければなりません。
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即席で「遷御の儀(御神体を移す儀式)」を行い御神体を移す事で残った社を壊して暖を取るように命じます。その時、社を壊し暖を取る兵が懲罰を受けるかもしれないと考え全ては自分責任であると、兵を庇った高間雄斎に、
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「心の眼で榊を見よ」
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と、いう場面があるのですがこの「武田信玄」の前の大河ドラマ「独眼竜政宗」へのオマージュですかね?
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「心の眼では紫色でござる!」
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幼い梵天丸が師である虎哉宗乙(こさい そういつ:大滝秀治演)に花の色を問われて答える場面がありました。
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因みに、この虎哉宗乙は武田信玄と関係が深かった「心頭滅却すれば火もまた涼し」で有名な快川紹喜(何故か「武田信玄」では出演シーンはない)の弟子と言われます。快川紹喜にこの話を聞いていれば勝頼の事を思い出した・・・?かもとか想像すると味わい深いです。
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勝頼は天正10年に織田信長に破れ、自刃してしまいますが・・・。勝頼に関しては「長篠の戦い」での敗北と武田家を滅亡させたため、必ずしも良い評判ばかりではないのですが、この「武田信玄」では前途有望な若武者として描かれていますね。
武田信玄感想39話「三条殿の想い」
一番泣きましたね。飯富兵部の謀反時よりも泣きました。私は、何度も言いますが三条派なんです・・・。
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先陣
「三十余年、ご先陣を賜っていない」
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大きな戦の度に裏方で三条と八重が待っている場面は何度か流れていましたね。その度に、湖衣姫存命中は湖衣姫、後には恵理へと最初に渡り、三条殿が先陣を賜る事はありませんでした。
(湖衣姫が亡くなった時は里見の元へ渡り、三条が乗り込んで来る場面もありました)
あれは伏線だったんですね。
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三十年一度も最初に渡っていなかったとは・・・。
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「この年で、しかも病の身でありながら恥を忍んで申し上げます」
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涙涙。
気位が高い三条殿の御性格を知っているから。
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そして、信玄を大事に想っている事を知っているから。
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その気持ちが三十余年伝わっていなかった切なさ。
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耀ける三条殿はもういません。
ただ、信玄が心底後悔しながら白いものが目立つ御髪を撫でる場面でもう涙腺崩壊です。
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この場面がとても切ないのは信玄もまた三条殿を大切に想っているという事なんですよね。
(おここに心奪われたとはいえ)
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信玄は孫子を尊び、人の心(敵の心)を読むことを得意としていますが、義信、そして三条殿とその気持ちに気付く事が出来ない。とても悲しい場面でございました。
武田信玄感想39話「時間」
京の都では信長と将軍足利義昭との間の隙間風が日に日に嵐になりつつあります。そう、二人は「同床異夢」なのですから。
病の気配
三増峠の戦いからの帰国中もですが、甲府に戻ってからの信玄は常に疲れが見えるようになっています。
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「急がねばな・・・ゴホッ、ゴホッ」
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既に、老い先短い事を悟っている様子。
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「ふと、己の力を疑ったのでございます」
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信玄が神仏に祈る場面と共に母大井夫人の言葉。多分初めてなのではないでしょうか?神仏に祈る場面は。
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勿論、「信玄」という法名を得て、得度している以上は信心はあると思うのですが、どちらかと言えば法名を名乗る事の利を考えた部分が大きかったと思います。
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ある意味では信長と同じように自らの力を信じて戦ってきた。それが、老いと死を身近に感じて初めて揺らぎを見せているように思います。信長は後々、本能寺の変にて横死しますが、もし天寿を全うするような事があれば、やはり老いと死を意識したのでしょうかね。
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そんな事が気になる場面でした。
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以上、武田信玄の感想第39話「京の夢」でございます。

今宵は此処までに致します。
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