嘉納治五郎はアジア初のIOC委員であり、日本が初めて参加したオリンピックであるストックホルム大会以降5回のオリンピックに参加しています。そして、嘉納治五郎最期の仕事として取り組んだのが東京オリンピック誘致1940年でした。嘉納治五郎と幻の東京オリンピック1940年大会について。