武田信玄のあらすじ第49話「幻の都」。信玄が戦に出ること134度。武田信玄53年の生涯はまさに戦に明け戦に暮れる戦いの日々。と、同時に信玄堤に代表されるような治水や土木工事、金山開発、甲州法度の制定等極めて現代的なセンスを持って甲斐信濃等の領国経営に注力する人生でもあった。戦いと国造りに追われる一方で人間武田信玄の生涯は孤独であった。
父との諍い、妻三条との愛の確執、長男義信との対立。そして我が身に訪れた「労咳」という不治の病。しかし、今大いなる犠牲と努力の果てに、戦国最強の武将武田信玄の夢は達成されようとしている。
例え、明日という日にどのような災いが待ち受けていようとも。
武田信玄第49話上巻~上洛か撤退か~

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我が子晴信は三河野田城を落とし、尾張を目の前にしてついに倒れたのでございます。医師の三宿は信廉、勝頼、そして共に上洛する重臣達の前で、
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「病、殊の外重くこれ以上軍勢と共に動く事は無理かと存じ上げます」
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と、報告を致したのでございます。信廉以下、勝頼、重臣達の間に重苦しい空気が流れます。
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討議
「如何致すか?」
「野田城を落した今軍勢がこのまま動かないのは怪しまれる」
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馬場殿は晴信が病重く動かせないであれば軍勢も動かしようがないと意見しますが、信廉は晴信からの言付けを皆に披露します。
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「兄上は自分にもしもの事があった場合には勝頼殿を立てて上洛せよと」
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原殿は反対します。
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「それでは、お館様の病が公になってもよいと?」
「いや、そこは儂が兄上の影武者となり敵の目を欺く」
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高坂殿も続きます。
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「信廉様お待ちください・・・。敵の目は誤魔化せるかもしれませぬ」
「しかし、上洛しお館様のお姿無ければそこから先は動きませぬ」
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「そうであろうか・・・?」
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勝頼は此処にいる者が力を併せれば何事か為せるはずと言います。そして、父晴信の望みは天下を獲る事であり、晴信に代わり自分が武田の御旗を京の都に打ち立てたいと。
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「甲斐を出でてから3ヶ月、我が軍勢は破竹の勢い」
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阿部殿はこのような「好機」が訪れる事は早々ある事ではなく、このまま上洛する事を望みます。
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「父上動かせぬなら輿にお乗せし、兵には上洛にあたり位高き僧をお連れするのだと申せばよい」
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晴信自身の望みという事もあり、このまま進軍するかという雰囲気になりますが。
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「この期に及んでと思われるかもしれませぬがこの山県、軍勢前に進める事反対にございます」
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山県殿は晴信の病が重いという今、とても戦の事などは考えられないと言います。勿論、勝頼も言う通り此処にいる者達が力を併せれば何事為す事が出来るというのはそうではあるがそれは、
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「野田城を落した事」
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だったのではないかと。晴信は野田城を落としたという吉報を聞いて安堵したのではないかと。自らが病であっても勝頼を中心とした重臣達で犠牲を最小限として野田城を落した。
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「ならば、次に我らが為すべきはお館様を無事甲斐へお戻しする事では?」
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京の都を見るより、甲斐の山々を見てこそ病も良くなるのではないかと。山県殿の言葉に一同は再び考えこみます。
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その日、信廉は勝頼と共に晴信の意思を再度確認する。
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「軍勢を前へ進めよ。我が軍勢京の都に立つのを此処で待っておる・・・」
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晴信の意を受けて重臣達は再び討議を行います。晴信の病重ければ、我が重臣達としても武田家の行末を思わざる得なかったのでございます。
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都に上るべきが、引くべきか。
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この日は夜遅くまで討議致し、東の空白むのにも気づかぬほどでございました。
信長の焦りと怒り

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「何?義昭は和睦はせぬと申したのか?嫡男を人質に出すと申したのか?掃部?」
「はい。しかし、将軍家にはもはや和睦に応じる気配はございません」
「誰のお陰で将軍になれたと思っておるのじゃ!!(怒)」
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信長殿は苛立ちます。
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「掃部、御上には手を打ったか?」
「はい!」
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信長殿は織田掃部殿には再び上洛し帝に対して将軍足利義昭殿と我が武田の和睦を命じる勅使を送るよう働きかける事、市川殿には徳川家康殿に対して我が武田の背後を突くように再度要請する事、そして。
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「市川!もし儂に万が一の事があったら二条城に火を掛け義昭を討取れ」
「はは!」
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信長殿としては将軍足利義昭殿もその御所である二条城も自らが創り出したもの。後に残しておくのは我慢がならないようでございます。
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浜松城の家康殿の元に我が軍勢が再び動きだしたという知らせがございました。
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「いよいよ尾張へ攻め入るのか・・・」
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「殿・・・如何なさいましょうや?」
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「暫く様子を見るしかあるまい(諦観)」
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家康殿としては先の三方ヶ原での大敗もあり、まともに戦っても歯が立たない事を認めます。
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「しかし・・・織田様から武田の背後を突けと・・・」
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「二俣城にも野田城にも武田勢おるのじゃ・・・!」
「どのようにして背後を突くのじゃ?例え突いても大虎の尻を蚊が刺すようなものじゃ」
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武田勢動くの報は織田殿にも届きます。
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「徳川家康が武田の背後を突いた様子は!?」
「ございませぬ!」
信長殿は怒りに震えるのでございます。
武田信玄第49話中巻~疑惑~

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都ではいよいよ将軍足利義昭殿が浅井朝倉へ自らの挙兵と呼応せよと細川殿を介して使者を送ります。
そして。
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「武田信玄の父信虎が今出川家に老いの身を横たえておる!」
「信玄上洛間近と伝えてやれ!寿命の幾許か伸びるかもしれぬからな!」
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義昭殿は晴信の上洛と自らの勝利を疑っていないご様子でございます。
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長篠へ

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信長殿は野田城から岐阜城への街道が記された画図面を見て苛立っております。既に、武田勢が動きだしたという報告は受けています。いったいどの辺りまで進撃しているのか?
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「遅くなりました!!!」
「遅い!!何をしていたのじゃ!武田勢は何処まで来ておる!?」
「それが・・・武田勢はこちらへ向かってはおりませぬ。長篠城へ向かっております!!」
「長篠城!?いったい何故退くのじゃ!?」
「それは・・・分かりませぬ!」
「成程!それは武田勢本体!こちらへ向かっている別働隊があるはずじゃ!」
「いえ!武田勢三万、今朝がた全て長篠城へ入りました!」
「オカシイ・・・何故だ・・・?何故兵を退くのじゃ・・・?」
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信長殿は晴信の考えが読めず当惑しておりました。
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その頃、長篠城では。
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「兄上の病状が回復するまでこの長篠城で暫し様子を見る」
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「恐れながら。この事お館様にはなんと説明を致しましょうや?」
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阿部殿は晴信は「西へ軍勢を進めよ」と望んでいたにも関わらず、此処が長篠城と知れば落胆するであろうと申します。
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「阿部殿、では如何せよと?此処は尾張?あるいは岐阜城とでも申すのか?」
「馬場様・・・某はお館様の落胆を如何に柔らげるかという事を申しております」
「お二方、お館様は既にお気付きやもしれぬ」
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「この件は父上が小康を得たらこの勝頼から正直に申し上げる」
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その時に尚晴信が上洛を望むのであれば、その時は晴信を此処長篠城に残し勝頼自ら軍勢の先頭に立って信長殿を征伐すると。
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阿部殿は勝頼の意見に同意しますが、信廉はそれはまた新たな話であると言います。
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「そうであろうか?上洛は父上の願いであるばかりでなく将軍家のご下命でもある」
「私事ばかり申していてよいものであろうか?」
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馬場殿、そして高坂殿はまずは晴信の本復を願いたいと述べ、その先の上洛するか?戻るか?という事に関しては意見を申しませんでした。山県殿が再び意見を具申します。
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「何度も申し上げますが・・・」
「まずは、甲斐に戻りてお館様の本復を待つのがよろしいと存じます」
「天下より!!お館様の御身大事にございます!!」
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破竹の勢いであった我が軍勢が野田城から二里ばかりとは言え退いたのでございます。敵ばかりか、我が軍勢の中にも首を傾げる者おりましょう。何か早急に手を打たねばならない。
勘一の決意
長篠城の陣中では平五を死なせてしまったと気に病んでいる山本勘一殿が、兄の平三と焚き火を囲み話し込んでおります。
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「平五を死なせた儂の顔など観たくはないと思うが、聞いて欲しい(反省)」
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勘一殿は父勘助殿を戦で失ってからというもの、父の仇を討ちたい、敵将の首を挙げる事こそ父への供養と信じて戦を求めて来たと。そして、その恨み心が平五を死なせる事になってしまったと。
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「今更何を言っても平五は戻って来ん・・・」
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そして、平五の死については気にする事はないと言う。
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「仏様になって極楽へ行っただからな(遠い目)」
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もう戦に出る必要もない、苦しむ事もないと。平五の人生の中で今が一番幸せなんだと。
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「あの世に送ってくれた敵兵に礼を言いたい位なもんだ(涙)」
「儂はこの戦が終ったら、太刀を捨て僧になるつもりじゃ」
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勘一殿はその決意が出来たのは平五のお陰であること、そして生涯平五の菩提を弔い続けることを平三に伝えると、平三に頭を下げるのでした。
気付く

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「申し上げます!武田勢長篠城に入り動く気配ございませぬ!」
「今朝がたまで三河国境に武田勢の姿見えませぬ!!」
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信長殿の本陣では不可解な動きをする我が軍勢にいよいよ疑念が増幅しておりました。
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「野田城落としたのが10日、後始末の後に軍勢整え17日に長篠城じゃ」
「そして18、19・・・今日は20日。兼ねての噂通り武田信玄病やもしれぬ」
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信長殿は我が軍勢に「何か」が起っていると察知。
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この機に近江を攻め取る事を命じます。
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そして、
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「梁田!長篠城へ向かい武田勢に何が起こっているか確かめよ!」
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もし、晴信が病ならば天下は自分の物。将軍家に対しては再度和睦の使者を立て、それに応じなければ二条城に火を放つと恫喝するように命じます。
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「武田信玄・・・山奥へ去れ・・・お主に都は不似合いじゃ」
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それから一ヶ月の間我が子晴信は病と闘いましてございます。されど、よき兆し見えぬまま我が武田の軍勢はこの長篠城に留まったのでございます。
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その間に信長は素早く動き近江をほぼ平定致しました。その上で、京の都に火を放ち将軍足利義昭殿のおわします二条城を囲みました。
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「武田信玄!何をしておるのじゃ・・・何を(焦り)」
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義昭殿は絶望的な気持ちで我が武田の軍勢の入洛を待っておりました。
武田信玄第49話下巻~幻の都~

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もはや、晴信は床を離れる事も難しい状況でございます。信廉の言葉に、山県殿、高坂殿は速やかに甲斐へ戻る事を具申します。
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「このような場所で万が一の事、あってはなりませぬ」
「明日にでも勝頼様に申し上げ、甲斐へ戻る手筈を整えましょう」
「そうじゃな・・・甲斐へ戻る時が来たのじゃ」
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そこに、思わぬ事態が起こったのでございます。
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父と子
「信廉様少々こちらへ・・・」
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原殿は戸惑いながら信廉を呼びます。長篠城主殿には馬場殿を始めとする重臣達のみ。この重臣達にも聞かれては困るような「何か」があったというのでしょうか。
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「いったい何じゃ?」
「申し訳ございませぬ・・・こちらへ・・・」
「まったく(やれやれ)」
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苛立たし気にやって来た信廉に原殿がそっと耳打ちをします。
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「なんと・・・!このような時に!!」
「如何なさいましょうや(戸惑い)」
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信廉は立ち上り重臣達にも聞こえるように話します。
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「父上が見舞いに参られた」
「なんと?信虎様・・・?」
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我が夫信虎殿が晴信によって駿河に追われてから三十余年。
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信廉は父信虎殿を晴信が臥している部屋へと案内します。信虎殿は齢八十を超えておりますが杖をついてはいるものの至って壮健に見えました。
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信虎殿は死の床につく晴信の枕元に座ります。晴信は病に魘されて眠っております。
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「三十年振りじゃ・・・なんたる変わりようじゃ・・・」
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晴信は目を覚まします。三十年振りの親子の対面でございます。
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「父上・・・?」
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しかし、それが現実なのか夢現なのか判然としないようでございます。すぐにまた瞳を閉じます。
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しかし。
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「晴信!何をしておるのじゃ!」
「このような所で何をしておるのじゃ!!」
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信廉が溜まらず、止めようとしますが信虎殿は続けます。
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「その方は上洛を果たすために軍勢率いて甲斐を発ったのであろう!?」
「今!京の都は火を放たれて将軍家は二条城を囲まれておる!!」
「このような時に!横たわりて夢見ておるとは!!!」
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「父上!!兄上は重い病にございますればどうかご容赦下さい・・・!」
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「信廉、大事な話があるのじゃ・・・控えよ!」
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「されど・・・」
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「親不孝者めが!口を差し挟むな!」
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老いてもなお往時と変わらぬ迫力を持って信廉を叱ります。
そして、
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「なんたる有様じゃ・・・将軍家もそちの不甲斐なさを嘆き儂を遣わしたのじゃ」
「儂も駿河を離れ京に参り今出川家に身を寄せながらそちの上洛を一日千秋の想いで待っておったのじゃ!」
「この儂の、この顔の傷を見よ!」
「そちが我が命に従わず駿河攻めを遅らせたが為に受けた刀傷ぞ!?」
「此度も同じぞ!?儂が都に立ちて武田の軍勢導ておるのに!」
「そちは病などと偽って身を臥しておる!」
「儂から国主の座を奪い三十年!いったい何をしていたのじゃ!」
「相変わらず臆病心を養っておったのか!?」
「上洛を目の前にして何を恐れておるのじゃ!」
「父を追う事が出来ても天下獲るのは怖いか!?そちの病はその小心から来ておる!!」
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晴信は熱に魘されながら枕元からの信虎を見上げておりました。
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「起きよ!起きて今一度この父の前に立ってみよ!!小心者めが!親不孝者めが!起きよ!」
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晴信は何かに取り付かれたように立ち上がろうしますが、もはや身体が動きませぬ。信虎殿は枕元に立ち上がり晴信を見下ろします。
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「八十の父親の前に横たわっておるとは不遜であろう!」
「そちは儂を超えられぬ!小心の為せる業じゃ!!!」
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晴信はついに立ち上がります。
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「何をグズグズしておるのじゃ?」
「早く鎧を身に付け上洛を果たし我が甲斐源氏武田御旗を天下に押し立てるのじゃ!」
「将軍家に力などない!踏み潰すのじゃ!天下を獲るのじゃ!」
「聞いておるのか?目を覚ませ!」
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「天下は夢の中に非ず」
「夢の中にあるのは幻の都のみぞ!」
「晴信!天下を獲れ!!」
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そこまで言い放つと信虎殿は咳き込み晴信足元でむせ込みます。
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「ゴホ!ゴホ!!晴信!!天下・・・」
「父上・・・」
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翌朝。
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信廉は再び重臣達を前に宣言します。
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「もはやこれまで!我が軍勢甲斐へ戻る」
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事此処に至り反対をする者はおりませんでした。
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我が武田の軍勢は四月に入って間もなく長篠城を後に帰国の途についたのでございます。我が子晴信の病は軍勢も知る事になりて、兵の足取りは心なしか重いものでございました。
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信長殿は京都知恩院で我が武田の軍勢が伊奈に向かった事を知ります。細川藤孝殿の動きもあり、将軍家は風前の灯火。
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「武田信玄帰国の途ついたか!」
「おめでとうございます!お館様に敵する者全て消えましてございます」
「うむ!山の神信玄、引き上げるか・・・!」
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我が子晴信はもはや輿に揺られる事さえ難しければ、伊奈に入り小さな村に軍勢を止めたのでございます。
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今宵は此処までに致しとうございます。
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