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西郷どんのあらすじ第2話です。時は流れ弘化三年(1846年)小吉は元服し「西郷吉之助」と名を改めると、郡方書役助(農政を司る役目)という役目を拝命しています。やっと薩摩の、そして斉彬様のお役に立てる!西郷どんのあらすじ第2話はじめます。
西郷どんのあらすじ第2話上巻~西郷どん、農民のため働く~
弘化三年(1846年)もすっかり秋の景色である。吉之助は郡方書役助となり、農民から年貢を取り立てる御役目についていた。収穫の時期は忙しい。
迫村にて
「こりゃひどか状況じゃの」
「へい!今年は盆過ぎからの長雨がたたっておりもす・・・」
迫村の平六は吉之助に窮状を訴える。吉之助は郡方書役助とは言え、上役の井之上の命で動いている。しかし、見るに忍びない農民達の窮状を放っておいて平気な吉之助ではなかったが、下っ端の小役人では如何ともし難い。
そこへ、迫村の庄屋の郷士(半農・半兵の武士)と近隣では名の知れた豪農がやって来ると井之上へ挨拶をする。
「これはこれは、井之上様」
「このような場所までお運び頂きまして・・・」
「御役目本当にご苦労様でございもす!」
そして、幾ばくかの銭を井之上へと渡す。ありていに言えば賄賂ではあるが・・・。吉之助は釈然としないもの感じてはいるが、そうやってずっとやって来たのだ。どうする事も出来ない。
その時。
「おっとう!助けて!!」
「ふき!!!」
大きな犬小屋と見まがうような小屋から女が1人這い出てくる。どうやら平六の娘のようだ。借金のカタに娘が売られていく。貧しい農民であれば決して珍しい事ではない。しかし。それを放っておける吉之助ではない。
「ちょ!まってくんろ!おいがなんとかすると!」
吉之助はなけなしの銭が入った銭入れを借金取りに渡すが・・・。
「全然足らん!!!!」
貧しさは吉之助も似たようなものである。なけなしの銭も4文しかなかったのだ。吉之助は咄嗟に、井之上が持っている先ほどの「付届け」をさっと奪うと借金取りに渡す。借金取りはとりあえずは平六の娘を持っていくことは止める。
「井之上様!ありがとうございもす!」
吉之助はとっさの事であっけに取られていた井之上に礼を言う。大きな身体を丸めて頭を下げる吉之助は 何や滑稽でもあり憐れでもあるが、井之上は吉之助を咎めだてはしなかった。
親子喧嘩
西郷家も決して豊ではない。いや、決して豊ではないというのは正確ではない。ありてい言えば貧しい。かなり、貧しい。吉之助と父、吉兵衛の禄だけでは日々の食事にも事欠く有様である。かつて、使用人として西郷家にいたイシという年老いた女中がいたのだが、あまりの西郷家の貧しさを見かねて、自らの畑で獲れた米を差し入れしてもらった事もある。
「馬鹿たいが!こん、幼い弟達をどうすっと!!」
父、吉兵衛は吉之助がなけなしの銭さえ農民に渡してしまった事を咎める。吉之助は内心思う事もある。西郷家は三男の信吾が産まれ10人家族である。父も母も良い年である。
「なして、貧しいのに弟が・・・」
しかし、泣き言っても仕方ない。吉之助は弟たちの食い扶持を確保しに、鰌(どじょう)掬いに行くが・・・。
「一匹もつれもはん・・・」
ツイていない時は何をしても上手くいかない。得意の鰌(どじょう)掬いも不発である。今晩の晩飯は薄い芋粥のみである・・・。
そこへ。
「おたのみもうす!!」
景気の良い声をあげ、襞(ヒダ)のパリっとした袴をつけた立派な若者がやって来た。大久保正助である。
「今回、記録所書役助を拝命致しました!」
「記録所か!さすが、下鍛冶屋町一の秀才じゃっ!」
記録所書役助は中々付けない役職である。吉之助は親友の栄進を我が事のように喜ぶ。父、吉兵衛も喜ぶ。下鍛冶屋町の郷中は皆暖かい。
「おお!正助どんは立派になって!」
「吉之助はいっつも相変わらず泥だらけで・・・!」
吉之助はちょっとムッとする。
「おいは田畑で泥だけになるのが仕事でごわす!」
「なら、ちゃんと手当てを持って帰ってこんかい!」
これには吉之助はグウの音も出ないのである。
西郷どんのあらすじ第2話中巻~父と子~
その頃、磯の御殿では西郷家とは比較にはならない程深刻な「父と子」の対立が表面化しようとしていた。島津家第27代当主島津斉興と嫡男斉彬である。斉彬は赤山靭負を伴い斉彬と対面していた。
その男、調所広郷
「近日、大掛かりな砲術演習を致したいと存じ上げます」
「‥・参加藩兵二千じゃと!?」
赤山靭負が出した見積に色をなす斉興。また、側近の調所広郷も渋い表情である。
「お家の台所が再び火の車となりもうす」
島津家はかつて500万両という莫大な借金を背負っていた。先々代島津重豪は西洋の文物への傾倒が尋常ではなく、また大変長期に渡り藩主の座にあったため、莫大な借金を作っていた。
しかし、事実上破綻状態であった島津家はこの調所広郷の活躍により、借金の完済、さらには数百万両と言われる貯蓄を生み出している。余談ではあるが、後に薩摩と長州が主導する明治維新もこの調所広郷の「藩政改革」と「貯蓄」がなければなしえなかったであろう。そう考えれば調所広郷もまた明治維新の影の立役者と言えるかもしれない。
話を元に戻す。斉興から見れば、斉彬の「西洋かぶれ」は父の蘭癖を思い起こさずにはいられない。嫡男であり、一橋家から嫁を迎えている斉彬に家督を譲らないのはこの「蘭癖」を警戒しているからである。ただ、将軍家に繋がる一橋家から嫁を迎えて、将軍へのお目見えを終えている斉彬を廃嫡にする事はもう出来ない。斉興は自分の存命中は家督を譲るつもりはない。
斉彬にも言い分はある。
「父上!このままでは薩摩、いや日ノ本は清国のように異国に蹂躙されます!」
天保11年(1840年)にはアヘン戦争で大国であったはずの清国は西欧列強に敗北している。このままでは、日ノ本も清国の二の舞になる。
しかし、斉彬の考え・想いは父斉興には理解されなかった。
深まる溝
「これは其の方が書いたんか!?」
鶴丸城では斉興の怒声が響き渡っていた。斉彬は薩摩藩の海防がまったく不首尾であり、来る西欧列強の攻撃に耐えられるものではない旨を幕府へ報告しようとしていた。
当然、これは薩摩藩の落ち度になる。
「父上は国よりも我が身が大事なのですか!?」
「この・・・幕府の犬め!!!」
父と子の間は修復が不可能な処まで来ようとしていた。弟の久光を藩主名代に任じたのである。
「儂は民を見捨てる事は出来ぬ」
斉彬は側近の赤山に語る。場合によっては強硬策を取るという宣言でもある。
薩摩藩は調所広郷を重用して後、500万両の借金を返済した。しかし、そのやり方は琉球への派兵、密貿易等幕府の禁制に触れるものも多多ある。勿論、幕府も薩摩藩がそれくらいの事はやっているだろうという事には薄々気付いていはいる。気付いて、深くは探っていないのだが。
もし、深く探るように仕向ければ‥・。
赤山は斉彬の覚悟を嬉しく思うと同時に一抹の不安を感じずにはいられなかった。
西郷どんのあらすじ第2話下巻~やっせんぼ~
大久保正助の「記録所書役助」お祝いが西郷家で開かれる。そこには、下鍛冶屋町だけではなく高麗町の者達も集まって来た。決して裕福ではなく、いやかなり貧乏であり、家柄も良いとは言えない吉之助ではあるが自然と周りには人が絶えない。
再会
正助の祝には郷中の若者に「先生」と慕われる赤山靭負もやって来た。勿論、手ぶらではない。立派な鯛を差し入れしてくれたのだが、郷中の若者「鯛」よりも、赤山が伴う女子に見惚れる。
「愛らしかぁ」
その女子はかつて、磯の御殿での天狗騒動や少年達の関ヶ原「妙円寺詣り」を一緒に戦った糸である。糸は、やはり学問は諦められず、赤山家で女中をしながらこっそり学んでいるのだ。
気心の知れた者達で酒も回った頃、大山格之介は西郷家のあまりのみすぼらしさに苦言を呈する。少ないとは言え吉之助は役職と禄を得ているのだ。此処まで貧しいのは吉之助が百姓をなけなしの銭を使って助けているからだ。付き合いの長い人間なら分かる。吉之助はかぶりをふる。
「これでよかのでしょうか?」
吉之助は仕事柄、農民達の窮状を良く知っている。そして、なんとかしてやりたいと考えている。
「斉彬様が藩主様になれば、きっと分かってくれる」
斉彬の名望は薩摩だけではなく、江戸でも有名である。ただ、同じ位斉興の斉彬嫌いと側室お由羅の方の息子久光への肩入れも薩摩では知られていた。
年貢、直訴した後で
いよいよ年貢を徴収する時期になる。薩摩藩では年貢は「定免法」という手法を用いていた。その年の収穫に関わらず、一定の年貢を徴収する方法である。豊作になれば、その分の収穫は農民達の取り分となりウハウハではあるが、凶作になれば、生きる糧も差し出さねばならない程困窮する。
薩摩藩ではかつては「検見法」と言われる徴収方法も行われていた。「定免法」とは逆に田畑の収穫高に合わせて年貢を徴収する。効果も反対にであり、豊作であればその分年貢も増えてしまい農民の取り分は減るが一方で不作の際は助かる。
吉之助は大胆にも調所広郷に直訴に及び、「検見法」での年貢徴収の裁可を得たのだ。
意気揚々と迫村へと急ぐ吉之助。
これで、迫村の平六の娘は売られずに済む・・・!
吉之助は朗報を早く伝えたかった。
「検見法でよかと!!」
迫村の平六達は戸惑う。なんだ?嬉しくはないのだろうか?いや、あまりのうれしさに現実感がないのか?吉之助は検地をしながら取れ高を確認して年貢を決めようとするが・・・
「ん??この田畑は台帳のどれでもすか・・・?」
目の前ある田畑が台帳にない。
「どうか!お見逃し下され!!」
吉之助は悟った。何故、調所広郷があっけなく裁可をしてくれたのか。
「無理であろ?」
農民達も生きていかねばならない。台帳にある田畑だけで生きていけないのなら新し土地を開墾する。
そうなのだ。
隠し里があちらこちらある。これは戦国の世も幕末も変わらない。
そこの収穫を糧に皆生きていた。検地法を取り入れれば益々農民達を苦しめる事になる。その時、平六の娘ふきがやって来た。
「もうようござんすよ・・・」
ふきは全てを悟っていた。このみすぼらしいくも真っ直ぐな役人は自分達農民のために東奔西走してくれたのだ。その想いは痛い程伝わって来た。
「あんさんのようなお侍様にお会いできてようございました」
ふきは売られていくのが嘘のように晴れ晴れとした表情だった。吉之助は自分の無力さと愚かさを恥じた。
「おいは女子1人救えぬやっせんぼでごわす・・・」
吉之助はふきを見送り涙するのであった。
吉之助は後、赤山にいきさつを話す。これからどうすのかを問う赤山に吉之助は斉彬に会うと言う。赤山は百姓のためにまさに、全身全霊を捧げる吉之助の想いに一瞬疑念がよぎる。
「おんしは何故そこまで百姓を想うとな?」
吉之助は一瞬、不思議そうな表情になる。
「民百姓をす救うっとが薩摩隼人の本懐にごわす」
赤山は迷いのな吉之助の言葉を受けて、その想いを書状にしたためるように言う。明日、斉彬は江戸へ立つ。赤山は西郷の「想い」を必ず斉彬に伝える事を約するのであった。