本能寺は信長が明智光秀に討たれた「本能寺の変」でよく知られております。当時としてはまだそれほど長い歴史があった訳ではないのですが、積極的な布教活動もあり鉄砲伝来で有名な種子島にも末寺を構えておりました。本能寺鉄砲の関係について。

本能寺はよく燃える!?

今でこそ本能寺と言えば日本で知らない人はいない位有名な寺院ですね。戦国時代としては比較的新しい寺院であり、「本応寺」という寺号で応永22年(1415年)に日隆(1385-1464)により創建されております。

→麒麟がくるの動画を無料で試す

→大河ドラマを無料で一気に動画視聴!

→麒麟がくるのキャスト表

→麒麟がくるの子役キャスト

→明智光秀と松永久秀の関係

→三好長慶の限界と松永久秀の夢

本応寺から本能寺へ

本応寺を創建した日隆は法華宗(日蓮宗)の僧であり当然本応寺も法華経の寺院です。日隆は越中出身で出家の後は妙本寺4世日霽に師事しておりましたが、後に法華経の解釈をめぐって妙本寺5世月明と対立。




妙本寺から出て「本応寺」を創建しました。




しかし。




弟子が師匠筋と対立して「独立」するのは今も昔も中々難しい。




応永5年(1418年)には月明の命により妙本寺の教徒によって本応寺を破却されるという憂き目にあっております。その後10年近く尼崎で雌伏の時を過ごし、永享元年(1429年)に本応寺を再建。さらに永享5年(1433年)如意王丸なる人物から土地の寄進を受けて六角大宮に「本能寺」として建立されます。




永享5年(1433年)以降は「本能寺」と呼ばれて現在に至るのですが、寺号が「本応寺→本能寺」と変わったのは度重なる火災に見舞われたこともあり、

火が去るようにという願いを込めて変えられたと言われているそうです。




現在の「能」は「ヒ」が二つですが、当時は「ヒ」「去」というのが一般的な表記でした。

本能寺の勢力は種子島まで

日隆の弟子日典・日良の時代になると本能寺は寺勢を拡大します。




本能寺は当時としては新しい「寺院」ということもあり、畿内周辺での布教は「師匠筋」とのパイの食い合いもありますし、対立が先鋭化するとまた「打ち壊し」の憂き目にも合いかねない。




そこで、二人が目を付けたのは京の都から遠く離れた離島。




海外貿易の中継地点としても栄えていた種子島をはじめ、屋久島や沖永良部島まで末寺を立ててこの地域を本能寺の有力な基盤としております。




その後、天文法乱(天文5年(1536年))でまたまた炎上の憂き目あったりもしますが、天文12年(1543年)に運命のポルトガル船舶が種子島へと漂着。




所謂「鉄砲伝来」ですね。

鉄砲伝来と本能寺

日本での戦いを劇的に変化させることになる鉄砲伝来。天文12年(1543年)にわずか2丁の鉄砲を種子島時尭が購入してから半世紀も経たず、日本国内には50万丁の火縄銃が溢れます。これは当時世界最大の銃保有国。その「伝播」に本能寺も一役買っているのです。

スポンサードリンク



鍵を握るのは慈遠寺

慈遠寺(じおんじ)は種子島で最も古い寺院でした。「でした」というのは所謂「廃仏毀釈」で明治時代に廃寺とされております。




創建は本能寺と比較しても、また法華宗の宗祖である日蓮よりも400年以上早い大同4年(809年)。奈良興福寺の末寺として開山されております。




慈遠寺はその伝統もあり種子島氏の祈願寺でもあったのですが、本能寺の積極的な布教活動もあり長享2年(1488年)には法華宗に改宗しております。




在りし日の慈遠寺は4ヘクタール(おおよそ東京ドーム位)の広大な敷地を有していた、種子島随一の本格的な寺院であった伝わります。




また、種子島の入り口となっていた港(赤尾木浦)の背後に位置していたこともあり、遣唐使派遣や日宋貿易・日明貿易などの発信地でもあり、海外からの来訪した船舶の宿泊地としても栄えていました。




そこに運命の鉄砲伝来。




漂着船の乗組員は当然慈遠寺の宿坊に滞在しております。




鉄砲は種子島時尭から島津氏を通して時の将軍足利義晴の手にも渡っております。また、早々に八板金兵衛により鉄砲は国産化(1545年)されると、これが管領細川晴元の元へも送られています。



大河姫

八板金兵衛は美濃国関に生まれ。

その仲介に動いたのも本能寺。種子島時尭の祈願寺でもある慈遠寺。そして、慈遠寺は法華経。種子島自身も熱心な法華経信者でした。




本能寺は宗教を隠れ蓑に種子島から鉄砲を仕入れ、さらには生産にまで乗り出し一代鉄砲生産拠点となったとも考えられます。




また、本能寺は度重なる「炎上」や「打ち壊し」を経験したことで再建の度に要塞化が進んでおりました。




秘密裏に鉄砲を生産する「軍事拠点」にも適しております。後に織田信長は本能寺に宿泊したのはそういった事情もあったのかもしれませんね。




以上、本能寺と鉄砲の関係について。

大河姫

今宵は此処までに致します。

→麒麟がくるの動画を無料で試す

→大河ドラマを無料で一気に動画視聴!

→麒麟がくるのキャスト表

→麒麟がくるの子役キャスト

→明智光秀と松永久秀の関係

→三好長慶の限界と松永久秀の夢