翔ぶが如くのあらすじと感想第3話「運命の女たち」です。「江戸留学を認める」斉彬のこの発表は若い藩士はこぞって願書を出す。しかし、吉之助は未だ迷っていた。そこに突然の不幸が吉之助を襲う。一方斉彬は今泉島津家の娘敬子(後の篤姫)の賢さを知り、ある決断をする。翔ぶが如くのあらすじと感想第3話はじめます!

翔ぶが如くのあらすじ第3話「運命の女たち」

斉彬が国主となって初の正月嘉永5年(1852年)。吉之助は前年に俊を嫁に迎え初めて夫婦で過ごす正月である。ただ、正助の謹慎は未だ解けていない。吉之助は親友の正助の事を常に気にかけている。

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翔ぶが如くのあらすじ3話上巻「正月」

「正助どんの謹慎が早く解けますように」

「兄さーが江戸へ留学出来ますように・・・!」



吉之助は弟たちを伴い近くの神社へに初詣へと出かける。吉之助は正助や、正助の父の一日も早い赦免を願っていたが、弟の吉二郎は吉之助の「江戸留学」が叶うように願う。




吉二郎は金さえなんとかなれば兄、吉之助の江戸留学は叶うと考えていた。吉之助は「二才頭」を務め、周りの評判も良く仕事ぶりも評価されている。吉二郎も「二才頭」となった事もあり、後の事は任せて江戸へ留学して欲しいと言う。父、吉兵衛も表立っては多くを語らないがなんとかしてやりたいと考えていた。




一方、俊にとっては西郷家へ嫁いで初めての正月である。姑のまさから雑煮の味付けなどを教えてもらっている。俊もまた、早く西郷家に慣れようと頑張っていた。




吉之助は大久保家への気遣いも欠かさない。大久保家は正助の父が鬼界ヶ島へ島流し、正助も謹慎中のため碌が支給されていない。そんな大久保家に吉之助は餅をもって訪問すると家族皆で食べようと皆を呼ばせるのであった。




以前は意地を張っていた正助だが、今は素直に吉之助の厚意を有難いと感じていた。



「吉之助さーは初夢は江戸留学でごわすか!?」

「いやー家族が平和であればと・・・」

「吉之助さー!正月じゃ!もそっと大きな夢みんと!」



正助は今年中に謹慎が解ける夢を見たと笑うのであった。




吉之助の家はたいして広くもない家に11人の家族がいた。ある夜、弟たちは正助の家で過ごす事になり、妹達は姉琴の家に行くことになる。実は、正助と吉二郎が二人に気を遣ったのだ。幼い弟・妹達がいないと静かである。



「・・・今夜は皆気を遣っておくれもした」

「はい・・・」



吉之助も俊も正助達が気を遣ってくれた事に気付いていた。吉之助は俊を優しく抱く。正助は時々はこうして幼い弟妹を連れ出してやろうと吉二郎と話すのであった。

翔ぶが如くのあらすじ3話中巻「その娘、敬子(すみこ)」

斉彬もまた、薩摩で初めての正月を迎えている。藩主である斉彬は一門衆からも正月の挨拶を受ける。その日は、今泉島津家の娘敬子(すみこ)から新年の挨拶を受けていた。



「敬子殿は何か習っておるのか?」

「機織りなどを・・・」

「和楽などはやらぬのか?」

「はい・・・人並みには学んではおりもすが・・・」



敬子は自分はいずれは嫁に行くが、嫁ぎ先が常に安泰であるという保証はなく、もし何かあればその嫁ぎ先の家の役に立ちたいと考えていると言う。琴や和歌をいくら嗜んでも「非常の時」には役に立たないが、機織りや編み物など「お家の役に立つ」事の方が得意であると話す。斉彬は敬子の美しさ、そしてその利発さに興味を惹かれる。




斉彬は後に、敬子を磯御殿に招く。敬子は磯御殿へと来る途中で逃げる牛と追いかける吉之助と出会っていた。牛は売られるのが嫌で逃げたという。吉之助がまるで牛の言葉が分かるように牛と話しをしている様子がおかしく、敬子はその顛末を斉彬に話していた。



「その役人の名は?」

「確か、西郷吉之助とか?」

「西郷吉之助・・・」



斉彬はその名前に聞き覚えがあった。以前苛烈な意見書を出してきて、斉彬自身で返事を書いた男だった。




その後、斉彬は敬子に養女となって欲しい旨を伝える。敬子は斉彬の役に立てるならと了解するのであった。




吉之助は結局牛を自分の身銭を切って買戻していた。家に戻り妻の俊に銭を渡してきてしまったことを詫びる。その様子があまりに愛らしく、俊は吉之助の元へ嫁いだ事を改めてよかったと思う。




しかし、この日祖父の龍右衛門が倒れてしまう。そして、しばらく後に亡くなってしまう。

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翔ぶが如くのあらすじ3話下巻「悲劇の年」

吉之助は特に龍右衛門に可愛がってもらっており非常に悲しむ。しかし、吉之助の悲しみはこれに留まらなかった。



「父上・・・!」

「吉之助、すまぬ・・・」



父、吉兵衛もまた死の床に着く。吉兵衛は先々代の時代からの負債も払い終わる前に死んでしまう事を断腸の想いであり、また、是非江戸へ留学させてやりたかったがそれも叶わないことを詫びる。




吉兵衛は西郷家は貧乏ではあるが、正直に生きた結果の貧乏でありそれは西郷家の誇りだと言う。それが遺言となってしまった。




そして不幸はまだ続いた。




母のまさもまた病で亡くなってしまう。吉之助は父と母の墓の前で涙する。



「父上、母上・・・!」

「おいはこん年ほど悲しい年はなかでごわす!」



上役からも「吉之助は江戸に留学すべき!」と、強く勧められたが、結局吉之助は「江戸留学」の願書を出さなかった。



「江戸へは行かんでごわすか?」

「江戸は逃げたりはしもはん」



大久保にそう言って笑うのであった。




この年、斉彬はメリケンの異国船が近く日ノ本にやって来るというオランダ商館からの報告を受け、強硬な「攘夷」を掲げる徳川斉昭や事なかれ主義の幕府官僚の間で苦労をしている老中阿部正弘からの、
強い要請で再び江戸へと向かった。




大山格之介と有村俊斎の二人は「江戸留学」が認められ、これに同行するのであった。

翔ぶが如くの感想第3話「運命の女たち」

翔ぶが如くの感想第3話「運命の女たち」です。「運命の女たち」とは敬子(すみこ)、後の天璋院篤姫と・・・?まあ、俊や喜久(斉昭妻)の事なんでしょうね。ただ、初登場は「敬子」だけですね。

翔ぶが如くの感想第3話「夫婦は大変だ」

西郷家は俊が嫁いで来た時は祖父母、父母、5人の弟妹たち・・・。11人家族である。嘉永5年(1852年)現在後の従道は9歳、末子の小兵衛は5歳です。まあ、西郷家に限らずですが、昔の日本の家屋を狭くて小さい。そこに、2世帯、3世帯ですからね。




そこは、大人の吉二郎と親友の正助が新婚の二人を気遣って弟妹達を家から上手いこと出します。吉之助も俊も「気を遣って」くれた事は分かっているのでしっかり期待に応えた次第ですね。




さて、余談ではありますが、末子の小兵衛は1847年に誕生しています。吉兵衛は既に40歳を超えて、おそらく妻(吉之助の母)も同じ位だとすると結構頑張った訳ですね。




当然この辺りはあまり描かれない(描かれも今回のような感じ)ですが、大河ドラマ西郷どんの原作ではしっかりと描かれています。その「声」を聞いて吉之助が悩むんですね。



「西郷家はこんなに貧乏なのにまた子供さこしらえるのか・・・」



流石、林先生です!
流石に大河ドラマでは描かれないと思いますが・・・!




ただ、欧米流の生活スタイルが定着してきたのは平成以降でしょうね。この辺りは「コント」としても鉄板で昔はよく描かれていた気がします。

翔ぶが如くの感想第3話「篤姫と斉昭」

今回後の天璋院篤姫が登場。



「お家のお役に立ちたい」



つまり、嫁に行くのが「ゴール」ではなくて「嫁に行く」のがスタートという発想ですね。まあ、それでも「嫁に行けなかったら」スタートラインにも立てないという事になりますが・・・!




篤姫を演じているのは富司純子さんなのですが、既に「天璋院篤姫」の風格があります。因みに、斉彬の妻喜久を演じている田中好子さんの方が10歳程若い・・・!




まあ、これは後の天璋院篤姫を意識した配役だと思います。




そして、もう一人初登場がいます。
徳川斉昭ですね。




斉昭は決して「開明的」な訳ではないんですよね。攘夷を渋る阿部正弘にも辛辣です。




阿部正弘と斉彬、そして斉昭の「同床異夢」の描かれ方の違いも楽しみです。




以上、翔ぶが如くの感想第3話「運命の女たち」です。

今宵は此処までに致します。

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