大河ドラマ武田信玄の感想第32話「我が子幽閉」です。信虎の時代から甲斐を支え、内政・軍事に渡り活躍してきた飯富兵部殿散る。武田信玄の感想32話始めます。父を追放し、息子を幽閉する晴信。その心境や如何に。

武田信玄感想32話「飯富兵部切腹」

「いきなりだが太郎の傅役となってもらいたい」



天文10年(1541年)に信虎を追放して後すぐ。晴信は太郎の傅役に飯富兵部を指名します。



※関連記事:→武田信玄第5話「湖水伝説」


32話冒頭に若かりし頃の晴信と飯富。当然ドラマなので年齢は同じですが、流石名優。今の「信玄」の迫力とは違いまだまだ幼い青年という感じです。中々泣けるシーンでございます・・・。

→大河ドラマ武田信玄のあらすじ第32話「我が子幽閉」

甲斐の宝

「儂に詫びよ!」

「そちを死なせたくはない」



晴信をして、「甲斐の宝」と言わしめた飯富兵部虎昌。赤備え隊として軍事的に信虎-信玄を支えてきましたが、この「武田信玄」ではもう一つ。



「釜無川の堤防工事プロジェクト」



の、中心人物でしたね。



「この甲斐から洪水無くす」



それから20年かけて釜無川の堤防を整えます。堤防工事と言えば飯富殿でしたね。




だからこそ、でしょうか。



「義信憎し」



の気持ちを抑える事が出来なくなってしまったのでしょう。
自分の命を狙われた事よりも、このように、



「下らない事」



で、宝を失う事が許せなかったのだと思います。




飯富は自分が晴信に高い評価を得ている事を改めて知り、誇らしい部分もあったかもしれません。
ただ、



「我が子義信の命奪ってもそちの命奪いたくはない」



この言葉にはきっと複雑な心境だったのではと思います。

美しき正義

「美しき正義等この世にない事を知りながら事起ればその度情に流された」



晴信が駿河攻めについて評定で語った時。その場に居合わせた重臣一同はみな晴信の考えに賛同しておりました。残念ながら、もしその場に飯富がいても(情の上では別として)同じ意見だったででしょう。




ただ、飯富が説いた「仁」は義信には曲解されてしまった。。



「母はいつも泣いておる。世継ぎの儂がいても側室は必要か?女子を泣かしても必要か?」

「はい。沢山の子供をつくる事も国主の勤めにございます」

「そちは国主たるもの五つの徳目を身に付けよと申した」

「仁とは慈愛の心と申した!」

飯富は答えます。

「慈愛の心とは家臣領民・・・」

「女子を泣かして何が自愛か!!!仁とはなんぞや!」

「国主たるものに不正義あってはならぬと教えたのはそちじゃ!」

「側室並べ母を泣かせる父に正義があろうか!?」

飯富はただ、沈黙をするのでした。



飯富は自分の発した言葉で、自分自身が縛られてしまっていたように感じます。義信の「父への反発心」がより、「正義」いや、「己の正義」を絶対化していってしまいました。




飯富はその落とし前をつけようとしているように感じました。

武田信玄感想32話「三条の方」

晴信と信虎の関係も単に憎しみや無理解ではない複雑な関係ですが、晴信と三条の方の関係もまた一筋縄ではいきません。そして、幼い頃より「憎しみ」を植え付けられてしまった義信にはその本質が見えない。

スポンサードリンク



三条の方、愛のビンタ

「義信!!!」



義信が飯富に晴信の暗殺を命じた事を認めた時、三条の方は義信の頬を張り、そして許しを請います。




三条の方は勿論、義信が最も大事ではありますが、では、夫の晴信はどうでもいいのかというと決してそんなことはありません。




晴信の事も大切に想っています。また、晴信も決して三条の方を蔑ろに思ったりはしていない。




まさか、義信が・・・。




晴信に許しを請う三条の方を見て、義信はきっと不思議な感じがしたように思います。



「謝る必要などないのに」



そう考えると義信は、父晴信も、母三条の事も理解していなかった。三条の方は決して「正義」の人ではないですしね。信虎時代に「攻めるなら駿河」といっていた・・・。そして、両親共に義信に育った恨み心の凄まじさを見誤っていた。義信を理解していなかった。




ただ一人弟の竜宝だけがその気持ちを理解していたのかもしれません。

武田信玄感想32話「我が子が憎い」

「如何に抑えようとしても我が子への憎しみ生まれる」



岐秀和尚の前で苦しい胸の内を吐露します。

竜宝

晴信は父信虎を駿河へと追放していますが,その行為については「やむにやまれぬ」事情があったればこそと考えています。




ただ、重臣達の支援もあったとは言え「父追放」という事を思いついて、さらに、実行してしまう自分に苦悩はあったと思います。



「儂は鬼なのではないか?」



まあ、鬼になり切れる人もおりますが晴信はそうではありません。そして、信繁や信廉からは、



「決して忘れてはならぬ事」

「忘れては人としての道を全うできない」



と、度々釘を刺されています。
流石に、二十有余を過ぎ、その記憶も薄れてきた時期に今度は我が子を幽閉。




否が応でも「父追放」の記憶を思い出さずにはいられない。



「兄上の不幸は父上の不幸」

「兄上を許す事は父上自信を許す事」



仏門に入っていればこそ。
おそらく、晴信と義信、この二人を最も理解しているのは竜宝なのでしょう。




晴信の苦悩と義信の怯え。




もし、光を失っていなければ、義信を止める事が出来たでしょうか。
いや、光を失ったればこそ、その気持ちが分かったのでしょうか。




人生とは難しいものでございます。




以上、武田信玄の感想第32話「我が子幽閉」でございます。

今宵は此処までに致します。