武田信玄第11話のあらすじです。今から(放送当時1988年)120年前の慶応4年3月(1868年)日本各地で官軍と幕府軍の戦いが繰り広げられた。世に言う「戊辰戦争」である。明治への幕開けとなったこの戦いで、1人の軍人が甲府城を占領した。板垣退助である。



「板垣死すとも自由は死せず」の言葉で有名なこの板垣こそ、武田信虎、武田信玄に仕え名将の誉れ高い板垣信方の子孫であると言われる。板垣退助が甲府を占領した時から遡る事300年前。板垣信方は奥信濃上田原にて壮絶な戦いを仕掛けようとしていた。

武田信玄第11話上巻~板垣信方~

「板垣駿河守様お戻りでございます!」



天文16年(1547年)晩夏。信濃より板垣信方殿がお戻りにございました。北信濃情勢を晴信へと報告に参ったようでございます。

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村上攻め

「今、村上義清を攻めるのは反対にございまする。」



板垣殿が申すには村上義清殿は北信濃盟主。志賀城を攻めた時に佐久群の国衆達の後ろ盾となっていたのも村上義清殿。ただ、まだその軍勢とは直接接した事はなくその力量は不明。正面から戦えば敗北する可能性もあると言います。



「されば村上を滅ぼすのじゃ。」



晴信は佐久の後ろ盾が村上なら村上を滅ぼさずに佐久の平定はないと板垣殿に問います。



「佐久は急がずとも平定できまする。」



「儂は急いでおるのじゃ!我が軍勢村上勢に負けると思うか?」



板垣殿は急ぐ晴信を諌めますが、晴信は強硬です。甲斐の軍勢が村上義清殿に負けると思うのか?と家臣一同に問います。



「畏れながら・・・!戦は知恵比べゆえ、ここで勝ち負けは申しませんが・・・」



真田幸隆殿は村上勢はこの夏の志賀城攻め(第10話「国造り」より)をよく覚えている。負ければ、将兵は悉く首を刎ねられ、女子供は甲斐で売られてしまう。つまり、死に物狂いで戦う事が予想され、武田勢は苦戦をするかもしれないと言います。



「志賀の措置はわが軍を畏れさせるためじゃ!志賀城始末に不満があるのか!?」



「はは!ございませぬ・・・!」



幸隆殿はそう申されますと平伏します。板垣殿は「村上攻め」は改めて軍議(評定)を開き決める事を進言しますが、此度、晴信は軍議を開かず、年明けには北信濃攻めを行うので、準備をするように申し渡すのでした。




重臣一同には一抹の不安が残る決定にございました。

上田原へ

年が開けて天文17年(1548年)2月、晴信は8000予の軍勢を率いて上田原へと群を進めます。



「晴信めついに動き出したか・・・。」



「乱破によると、この葛尾城を囲み半月で落とすと言っているようです。」



「ハハハ!世間を知らぬの!」



「志賀の仇は打たねばなりません!」



「城等囲ませるものか!早くその首が見たいものじゃの!」



晴信は村上義清殿を滅ぼすべく、北信濃へ入ります。村上殿は葛尾城に籠ると踏みましたが・・・。



「申し上げます!村上勢おおよそ、2000!上田原に出張って参りました!」



「村上義清が出て来たか・・・。」



晴信は城を落す手間が省けたと豪語すると、こちらも上田原に陣を張り、明日1日で決着をつけると命じます。
しかし。



「お待ちください!上田原の陣が前、この原晶俊に2日の猶予を頂きたい!」



陣馬奉行である原晶俊殿が異議を唱えます。原晶俊殿は葛尾城を囲む算段はつけておりますが、上田原の事は隅々まで調べていないと言います。



「敵を目の前にして2日も待てぬ!」



「お館様。明日は村上勢の様子を見るにも2日待つこと寧ろ、好都合かと。」



板垣殿も原殿に同調します。原殿は村上勢が決戦の地に「上田原」を選んだ理由があるはずで、それを知らずに戦うのは危険となお、食い下がりますが・・・。



「戦には時の勢いがある!いまがその時じゃ。いくぞ!」



「お待ち下さい!陣馬奉行には陣馬奉行の責務がございます!」



原殿は直も食い下がります。陣馬奉行として、自ら知らぬ戦場にお館様を連れて行くわけにはいかない。



「某には陣の張り場所、陣立て、地の理、水の理、敵の動きまで知る必要がございます!」



板垣殿も続きます。



「陣馬奉行の力量、お館様も良くご存知のはず。何故お聞き届け頂けませぬ?」



しかし。



「板垣。国主は儂じゃ。そちではないぞ。儂に続く者はおらんのか!」



ただならぬ雰囲気にここの所の戦に「姫武将」として、参戦していた里見殿も不安そうです。しかし、晴信の命に他の諸将は従います。
原殿は、なおも、



「もし行かれるなら某の死を見届けてから・・・!」



腹を切ろうする原殿を家臣たちが止めます。晴信はその様子を一瞥すると出ていきます。



「原、死んではならぬ。よいか。死んではならぬ!末永くお館様を見守るのじゃ。」



板垣殿は原殿にそう命じます。



「お館様はここ数年、勝ち過ぎた。」



「正念場になりそうじゃ・・・。」



飯富殿、甘利殿はここ数年の晴信の躍進を思い申します。



「お前達。後を頼むぞ」



板垣殿はそう言いうと覚悟をお決めになられた由にございます。

老兵二人

翌日。板垣殿と甘利殿は村上勢の様子を眺めております。



「このままでは信虎様の時代に逆戻りするかもしれん。」



「国主とは難しい物にござる。物事が見えなくなるようにござる。」



「我らも老いた。お館様のために出来る事はただ一つ。ここが死に場所だな。」



「この30年共に戦えた。改めて礼を申す。」



「色々あったが悪い生涯ではなかった。」



2人は笑顔で頷き合います。



「お館様の合図で儂は東を攻める。お主(甘利殿)は西を。」



「西を頂き礼を申す。それだけ西方浄土に近い。西方浄土で待つ。」



「後から参る。」



甘利殿は西へと兵を進めていきます。残された板垣殿は30年苦楽を共にした兜を脱ぐと地面に置きます。

武田信玄第11話中巻~上田原決戦~

「我らは先陣を任された!御恩に報いるためにも村上義清の首を挙げねばならん!いくぞ!」




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板垣殿は自らの軍を鼓舞すると晴信の合図を待ちます。そして。

決戦

板垣殿は晴信の会津で敵陣へ突入していきます。そして、他の諸将も次々と突入。村上義清殿の本陣には晴信率いる武田勢が迫っている伝令が次々と届きますが、その表情には余裕がありました。




村上勢は突入してきた武田勢を伏兵が後ろから包囲殲滅するように動きます。板垣殿はたちまち敵兵に包囲されますが、その武威で包囲する敵兵を次々と切り落としていきますが・・・。



ついに、敵足軽の長槍が板垣殿の脇腹と貫きます!板垣殿は馬を降りると迫りくる敵兵と白兵戦となります。



「進め!突き進め!!!」



気が付けば味方の兵は殆どが斬り倒されています。そして板垣殿の身体には敵兵の槍が10本以上突き刺さっておりました。しかし、それでも前進し村上勢を斬り伏せていきます。




そして・・・。




気が付けば敵兵も味方の兵も板垣殿の周りににはいなくなっております。板垣殿はついに座ります。戦の喧騒は遠くなりただ、2月の冷たい風の音だけが板垣殿に聴こえていました。



「お館様。甲斐を御守り下さい。甲斐を・・・」



「お殿様!!!!!」



板垣殿の手勢が近くに来ると、1人の侍大将が板垣殿のご遺体を本陣へお届けするように命じ、自らは仇を取ると未だ残る村上勢へ突入していきました。




その頃甘利殿は孤軍奮闘をしていました。大方の敵兵を片付けたころ・・・。



「パーン!!」



左肩に鉄砲が命中します。甘利殿は馬上で持ちこたえると、



「続け!!」



と叫んだ刹那。
数発の鉄砲が甘利殿の身体を打ち抜きました。

敗北

晴信の本陣にはお味方苦戦の伝令が次々と届いております。そこに、甘利殿を撃ち抜いた鉄砲の銃声が聞こえます。



「あれは!?鉄砲!?」



晴信が驚き声を上げた時・・・。



「申し上げます!板垣信方殿討死!!」



「!?板垣が・・・。」



「只今、東は苦戦!押されております!」



「馬場に東の端を助けよと申し伝えよ!」



板垣殿討死の報に続いて・・・。



「申し上げます!甘利虎泰様討死!!」



「・・・甘利・・・。」



本陣の武将達に衝撃が走ります。



「兄者!兵をお退きください!このままでは東西から挟撃されます!」



信繁が晴信に撤退を促しますが、晴信はその衝撃から立ち直っておりません。
陣馬奉行の原晶俊殿が本陣へ戻ってきます。



「申し上げます!!村上勢この上田原のあちらこちらに潜んでおります!陣の立て直しを!」



「・・・板垣・・・甘利・・・。」



「兄者!このままでは手遅れになります!!早く退く合図を!!」



ついに、信繁は陣馬奉行である原殿に撤退を命じますが原殿は撤退には反対します。このまま引けば総崩れなると。自らが兵200で敵背後に回り攪乱するのでその隙に徐々に後退するよう進言。そして、板垣殿が討死した事をまだ知らない原殿は・・・。



「板垣殿と徐々に後退・・・」



「板垣は死んだ!!!」



信繁は叫びます。



「!?某、敵の背後に回ります!」



原殿は兵200で出陣。そして信繁は晴信に代わり、味方の各隊に徐々に後退するように命令。また、敵兵が本陣へ突入してくる事に備えるように命令します。




合戦は乱戦模様となります。
村上勢は武田勢本陣に迫りますが、原美濃守殿、真田幸隆殿ら本陣近く軍勢は奮戦。また、平三が配属された投石部隊も村上勢を近づけまいと応戦します。




村上義清殿の本陣にも乱戦の模様が伝令されます。



「雨宮十兵衛様討死!!」


「!?・・・皆に伝えよ!この戦の胆は晴信の首じゃ!!」



戦闘は日が暮れても続いております。武田勢は奮戦するも戦況は悪化。防衛網を突破して敵兵が本陣へもやってきます。里見殿も本陣へたどり着いた敵兵を斬り伏せています。



そしてついに!
晴信自らも太刀を抜くと手傷を負いながら敵兵と白兵戦へ・・・。




ただ、攻める村上義清殿も大きな犠牲を払っておりました。圧倒的に有利な陣立てでの戦にも関わらず、屋代基綱殿、雨宮十兵衛殿など有力な諸将を失っております。
やがて。



「退けの合図を!!!」



村上義清殿はついに、追撃を諦め、撤退を開始します。
そして、




村上勢が引き上げ後、板垣殿、そして甘利殿と無言の対面をします。
晴信はただ、涙を流すのでございます。

武田信玄第11話下巻~越後の虎~

翌朝。板垣殿、甘利殿はじめ多大なる犠牲を払いながら、なんとか持ち堪えた武田勢ではございましたが、既に余力はございません。重臣達は信繁の元に集まっております。

戦の後

「板垣殿と甘利殿を失って戦は継続出来ぬ。一度甲斐へ戻ろう。」



飯富殿は提案します。しかし。



「兄者は退かない。板垣甘利の仇を取るつもりだ・・・。」



「この上田原へ留まれば我ら益々不利!そう、お館様へお伝え下さい。」



原美濃守殿が言います。続いて、真田幸隆殿が。



「お館様はお強いがお若い。戦は退き時が肝心と誰か教え下され・・・。」



「新参者の真田が差し出がましいぞ!」



原美濃守殿は真田幸隆殿に八つ当たり気味に怒鳴りますが、幸隆殿はため息をつくばかり。また、陣馬奉行の原晶俊殿は自らの失態と自分を責めます。



「板垣殿と甘利殿はこの上田原を死に場所に選んだのじゃ。お館様も骨身に染みている事であろう。」



飯富殿はお二人が「死」を以って諫言したのだと言い、原殿が責任を感じる必要はないと言います。



その頃晴信は。



「痛みますか・・・?」



里美殿に昨夜の戦いで手傷を負った手当をしてもらっていました。里見殿は「戦」とはなんなのかをしっかりと眼に焼きつけたこと、そして、例え死んでも晴信側を離れる事はないと言うのであります。



「早馬!!!」



躑躅ヶ崎館の広間には屋敷へ残っている裏方の方々が集まっております。北信濃の戦況を今か今かと待ちわびていたようです。



「早くも葛尾城落ちたか!」



三条殿は嬉し気に使者としてやってきた源助殿に尋ねますが・・・。



「葛尾城手前上田原で合戦となり、板垣殿と甘利殿討死されました。」



この知らせには三条殿以下皆様は衝撃を受けます。三条殿は不安気に尋ねます。



「我が軍勢負けたのか・・・?」



源助殿は晴信は無事で、千曲川を挟んで現在も村上勢と対峙中である事を伝えます。そして、源助殿は私(大井夫人)の元へも。



「板垣、甘利が・・・」



それでも兵を退かぬ晴信に私は此度は兵を退くように申し伝えました。
しかし。




晴信は合戦の日より二十日余りも上田原へ留まり続けたのでございます。

大井夫人

「此度、板垣、甘利を討死させたのは其方の罪じゃ。」



私はこの2年、遠くから晴信を見ていて危うい物を感じておりました。晴信は勝ち戦に惑わされ、「我に敵なし」とばかりに年2度までも出陣し、その度に、数多くの兵を失いました。領地広げるは男の甲斐性とは申せ、年2度までに戦は、家臣領民に迷惑至極という気持ちがある事を気が付かなかったのか問い質します。



しかし、晴信は俯いて黙ったままにございます。



「如何に国の為とは申せ、死者の山築いて国富ませた話など聞いた事がありません。」



「板垣、甘利はその事を其方に伝えるため、命を捨てたのではないか?」



そうでなければ、1日の戦いで二人とも命を落とすなど考えられませぬ。



「其方は父親を国外へ追放した。それはただ、ただ、国主の座を欲した訳ではありますまい。」



晴信の決起は国の行末考え、家臣領民のためだったはず。甲斐は晴信一人のものではない。家臣にとっても領民にとっても、女子にとっても甲斐は大事。



「晴信。国主たるは苦しき道じゃ。其方は自らその道を選んだのじゃ。」



自らを滅する事無くして、国主は務まらない。その事をよくよく考えるように申し伝えたのでございます。

長尾景虎

足軽大将となっていた源助、それに平三と兵五の3人は帰路についていました。



「儂は本陣で死ぬかと思った。」



源助殿は馬上でそう申しますが、平三と兵五は本陣にいる者が死ぬはずはないと言います。そして、一晩中上田原を逃げ回っていたこと、多くの仲間が死んだこと、侍は気が付けば誰も居なかったことを吐き出します。



「平三・・・知らんかった。許してくんりょ・・・。」



源助は馬を降り泣き座る平三に謝罪します。平三と兵五がどんな思いをしていたかを初めて知るのでした。




その頃、越後に荒武者が現れました。
長尾景虎殿。



「兄上が弟の儂を攻めるとは許せん。人倫に外れたものには天罰下る。これは正義の戦じゃ。」



天文17年(1548年)12月。側近の直江実綱殿らと共の兄の晴景殿に代わり春日山城へ入り越後守護代となったのでございます。この長尾景虎殿こそ後の上杉謙信殿で我が子晴信の御敵となった方でございます。



「今日の日より、越後守護代のお役目果たす事になった。そこでそち達に儂の決意申し伝える。」



「儂は濫りに戦はせぬ。だが、天下を乱す者あれば、決して此れを許さぬ。」



正義のための戦であれば、海を越え山を越え、天駆け、徹頭徹尾戦い、天罰を加える。



「戦に私利私欲があってはならない!」



そして・・・。



「聞けば甲斐の武田晴信。信濃を荒らしまわり、この越後に近づきつつあるそうな。」



「行い改めねばこの長尾景虎。天罰下す事になるだろう!」



我が子晴信と長尾景虎殿は生涯を通して戦う事になりましたが、何一つ通じるものがなかった訳ではございません。




その話は又にして、今宵は此処迄に致しとうございます。

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