いだてんの感想第38話「長いお別れ」。嘉納先生の葬儀から始まり東京オリンピック開催返上、第二次世界大戦開戦、真珠湾、学徒出陣と時代は一気に進みます。副島道正の想い、小松の想い、そして・・・父親増野の想い。大河ドラマいだてんの感想第38話。
いだてんの感想第38話「東京オリンピック返上」
東京オリンピックの返上が正式に決定されます。副島道正のラトゥールへの手紙はちょっと泣いた。この男の存在は間違いなく「1964年東京オリンピック開催」に大きな影響を与えたと思います。
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副島道正の覚悟
「東京オリンピック実行委員会」は嘉納治五郎先生が存命中から寄り合い所帯の弊害は出ていたのですが。最後の重しであった嘉納先生亡き後の迷走ぶりは目を覆うばかりでした。
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満州国参加問題や開会式の宣言、挙句に聖火リレー改め「神火リレー」とは。
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ただ、これ誤解してはいけないのは、
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「陸軍の意向」
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というワケではないのです。帝国臣民も多くがそれを支持しております。
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そんな様子を見るに見かねていたんでしょうね。
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このまま突っ走るような事になれば歴史に残る「最悪のオリンピック」となる。あるいは、開催返上が遅れれば東京の身勝手でオリンピックが開催されないという「汚点」となるかのどちらかだと。
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そんなことになれば日本では永遠にオリンピックは招致出来ない。
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だから、決断した。ギリギリのタイミングで。いだてんで描かれていた副島道正からラトゥールへの手紙は史実です。
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「日本中で最も評判の悪い男になる危険を冒して」
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副島道正は帝国政府が東京オリンピック返上に動くように働きかけます。この行動は「東京オリンピック実行委員会」になんら相談をせず、副島道正の独断でした。
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副島道正は組織委員会関係者や報道陣から猛烈な批判にさらされます。
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しかし、副島道正のこの行動がなければ、1964年の東京オリンピック招致は成功していなかったのではないかと思います。副島道正の決断が日本の、嘉納治五郎先生の名誉を守ったと言えるのではないでしょうか。
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私は副島道正もまた、嘉納治五郎とは異なる意味で、素晴らしいIOC委員であり、そして、こういう人間になりたいとも思います・・・。
ラトゥールの最期
「残念ではあるが時宜を得た放棄だったと思う。後日の開催を望む」
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ラトゥールは東京の返上時に上記の談話を発表しています。
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「時宜を得た放棄」
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とは、この時ならまだ開催都市の変更が可能だという事だと思います。東京がオリンピック開催を返上した時は第二次世界大戦前でしたからね。
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結果的には第二次世界大戦の勃発でヘルシンキオリンピックも幻となってしまいますが・・・。
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日本国内では猛批判を受けた副島道正ではありましたが、幻の東京オリンピックの技術顧問を務めていたクリンゲベルグは、副島道正の役割を高く評価する書簡をラトゥールへと送っています。
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そのラトゥールは1942年1月6日、65歳で亡くなります。
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祖国ベルギーはドイツの侵攻を受けて降伏し占領下にありました。そして、そのドイツと同盟を結んだ大日本帝国が真珠湾を攻撃して参戦。
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第一次世界大戦からの「復興オリンピック」でもあったアントワープ大会を成功させたラトゥール。
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それからわずか20年で再び戦果に見舞われる。
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ラトゥールの心境もまた察するに余りあります。
いだてんの感想第38話「別れ」
さらば、嘉納治五郎先生。懐かしい顔ぶれが集まりました。願わくば・・・おかしな二人(!)がご登場するのであれば大森安仁子も登場して欲しかったかな?そして、もう一つの別れ。早いね。次回は満州、次々回はソ連の・・・。
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故人を偲ぶ
嘉納治五郎先生の最期。久しぶりに「おかしな二人+α」が揃いました。
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おかしな二人の可児徳先生と永井道明先生。そして、野口源三郎ですね。
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「死ぬと良い人になっちゃう」
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でも、近くにいたこの連中は知っている。
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「良い人なんかじゃないよ!(永井)」
「はい!(可児)」
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二人は散々嘉納治五郎先生には振り回されてきましたからね。でも、だから悔しくて寂しいのだと思います。
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ある意味ではその本当の「魅力」が世間に伝わっていないことが。
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最期、オリンピックの想い出をアニ―も交えて語って欲しかったなぁ。
学徒出陣
嘉納治五郎先生が「東京オリンピック誘致の為」に建設した神宮競技場。そこで、オリンピック出場を目指していた小松勝が鉄砲を担いで行進する。
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増野さんの心中もまた察するに余りあります。
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「約束破ったね!」
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行き場のない怒りを小松にぶつける姿は泣けました。
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この頃(1943年10月)には帝国臣民も薄っすらと気付いている。
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どうやらこの戦争は先行きは暗いと。
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震災と戦争。増野さんの人生はご苦労とご心労が多い。
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こういうのを見るとやっぱり思ってしまうんですよね。
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嘉納治五郎先生はやはりギリギリ良い時に亡くなられたと・・・。
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いだてんの登場人物ですと、大森安仁子(1941年8月没)と二階堂トクヨ(1941年7月没)が「ニイタカヤマ」を登る前に亡くなり、前畑に発破をかけた永田秀次郎(1943年9月没)は学徒出陣の直前に亡くなっております。
いだてんの感想第38話「ニイタカヤマノボレ」
日本が平和と繁栄を享受するのは鎖国政策を採用している時代と、近代以降は「連衡策(最強国との提携)」をしている時代。そして、最も失敗しているのが「合従策(二番手以下の同盟)」を採用している時代。
終わりの始まり
アメリカ兄貴をぶん殴るとは兄貴自身は勿論、全世界が衝撃を受けました。明治の元勲がご存命なら自らの後継者の「愚かさ」に衝撃を受けたはず。
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そして、自分達との「共通点」に思い至り、後継者に「大事な事」を教えていなかった事を後悔したと思う。
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大局を観ず、自分達の信じたいものだけを信じて、蛸壺理論と組織防衛の為に国をあっけなく滅ぼす。
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そして、誰もその事に自覚的ではない。
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戦後を描くドラマは多いですが、日本のダメなところが詰まっている「開戦まで」をもっと描くドラマがあても良いと思います。
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以上、いだてんの感想第38話「長いお別れ」でございます。

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今宵は此処までに致します。
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