翔ぶが如くのあらすじと感想第6話「庭方役拝命」

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翔ぶが如くのあらすじと感想第6話「庭方役拝命」。吉之助は日米和親条約締結の3日後江戸に入る。早速吉之助は「庭方役」を命じられ斉彬から世界の事を学ぶ。一方薩摩では吉之助の活躍を喜ぶ妻俊に異変が・・・!翔ぶが如くのあらすじと感想第6話!

翔ぶが如くのあらすじ第6話「庭方役拝命」

翔ぶが如くのあらすじ第6話です。嘉永7年(1854年)3月6日。日米和親条約締結の3日後に斉彬と吉之助は江戸の薩摩藩邸へと入る。先に江戸入りをしていた大山格之助と有村俊斉、樺山三円らは吉之助の江戸入りを殊の外喜び早速歓迎会となる。一方斉彬も忙しい中江戸で最愛の息子虎寿丸と親子水入らずの時間を過ごす。また、「軍船建造」が許されたため、早速15隻の洋式船を建造を進めていること、そしてその内の3隻を幕府に献上すると老中首座の阿部正弘に伝える。

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翔ぶが如くのあらすじ第6話上巻「江戸」

「吉之助さぁ!待っちょったで!」

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大山格之助、有村俊斉、樺山三円達はさっそく居酒屋で吉之助の歓迎会を開催する。吉之助は下戸ではあるが、こうして郷中の仲間達が自分を歓迎してくれる事を喜ぶ。吉之助は大山達が話す江戸の黒船来航時の様子や、全国の尊皇志士に大きな影響を与えた藤田東湖の話等で盛り上がる。

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「あれ?こちらのお侍さんは初めてだね!」

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店の女店員が吉之助を見てちゃきちゃきと話し掛ける。大山達はもはや慣れたモノだが江戸っ子の活きの良さに面食らう吉之助である。

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「どうじゃ!吉之助さぁ!江戸の女子は活きが好かろう!」

「おお・・・何を言ってるのかサッパリでごしたな・・・!」

「では、そろそろ乗り込むか!」

「乗り込むって何処に・・・?」

「そりゃ・・・決まっておろう!」

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大山と有村は何を今更という表情でニヤリとする。

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「江戸の女子は床の中でも活きがよかよ・・・!」

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有村俊斎の言葉に察しがついた吉之助はそのような事をするために来たのではないと断る。そもそも、金も正助や吉二郎が苦しい生活の中で用立ててくれたのだ。悪所に行って散財する訳にはいかない。

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「まあまあ!今夜の所はおい達がなんとかする!」

「吉之助さぁは1人では帰れんじゃろ??」

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大山と有村は説得するが・・・

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「おはん達を止めせん!おいは帰る!」

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結局、吉之助は1人薩摩藩邸へと戻る。その帰りに案の定道に迷ってしまった吉之助は「を組」の新門辰五郎と手下の金太に出会い道を尋ねる。

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「途中までご一緒しましょう」

「おお!有難き事でございもす」

「お侍さんは薩摩の方で?」

「はい。その通りでございもす」

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辰五郎は吉之助に江戸での生活を訪ねる。吉之助は江戸では皆白い米を食べている事に驚いたと話す。薩摩で白い米を口に出来るのは侍の中でも上位僧だけで、皆米ではなくて「からいも」を食していると話す。

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「なんだ!芋侍というのはホントだな!」

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悪乗りする手下の金太の足を踏んで窘める辰五郎。しかし、吉之助はそんな金太を楽しげに見つめると、

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「じゃっとん、歩く時はおいの前をあるいてたもせ」

「おいの屁はただ事ではないどん」

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金太はこりゃいけね!とばかり吉之助の前を歩きだす。吉之助の風貌になにやら「只者ではない」雰囲気を感じる辰五郎であった。

翔ぶが如くのあらすじ第6話中巻「斉彬の教育」

吉之助が江戸へやって来て一月。特に仕事らしい仕事はしていなかった吉之助は悶々とした日々を過ごしていた。そんなある日、上役が吉之助を探して下級藩士が詰めている長屋へとやって来ると詰所へ来るように命じられる。

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吉之助は訳も分からず詰所までやって来る。そして、斉彬のいる庭で斉彬を待つように命じられる。
待つ事しばし。

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「西郷吉之助!」

「ははー!」

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斉彬は吉之助が庭に畏まって斉彬を見ない事に苦笑する。

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「西郷!面を上げよ」

「水上坂で姿を見せたではないか?」

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吉之助は面を上げる。斉彬は吉之助が郡方として務めながら出してきた建白書にはよく目を通していたこと、また、そのお陰で自分は江戸にいながら領民の暮らしを知る事が出来たと言う。吉之助は斉彬の藩主就任から荷役も減り農作業に精を出せるようになり暮らしぶりも上向いた事を話し感謝の言葉を述べる。

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「百姓は国の宝」

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斉彬の言葉に目に涙を浮かべる。さらに、斉彬は江戸に入って一ヶ月あまりの感想を述べるように言われる。側近の「直答を許す」と言われ吉之助は思うと所を正直に述べる。

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黒船が来ているにも関わらず江戸の海防がなっていないこと、また、吉之助を始め、長屋暮しの者まで米の飯が食べられる事に「贅沢なのでは」と述べる。

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「大名には体面というものがある」

「もっと大局を見よ」

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はは!と吉之助は頭を下げる。

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「その方に庭方役を命じる」

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吉之助の家格では常時斉彬と接する立場にするには色々と手続きをしなければならないが、庭方役であれば、「庭」を掃除している時にたまたま話すという体裁が取れるのだ。斉彬の吉之助への教育が始まる。

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大山や有村は吉之助の「庭方役拝命」を喜ぶ。そして、「話せる範囲で構わない」ので斉彬の話した事を教えて欲しいと頼むのであった。

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あくる日、また吉之助は斉彬の庭に立っていた。斉彬は吉之助に「日米和親条約」に関して問う。

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日米和親条約については「和親」とは名ばかりで「匕首を女子に突き付け」て意のままにしていること情けないといった意見を述べる。女子でも操を立てるため喉を突く者もいると。満足そうに頷く斉彬。

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「それで良い」

「が、これは国と国の仲である」

「匕首を突きつけられる旅喉を突いていては国はどうなる?」

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斉彬は世界義(地球儀)を見せて吉之助に日ノ本、琉球、朝鮮、清国、米国、英国を指すように言うが、吉之助は日ノ本、琉球、朝鮮以外を知らなかった。斉彬はロシア、清国、英国、米国を教える。

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「敵を知り己を知れば百戦危うからず」

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斉彬は孫子はさらに、

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  • 知によって勝が第一
  • 威によって勝が第二
  • 武によって勝が第三

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であると説く。米国は今回はさしずめ「威」によっての勝ちであると説く。そして、「蒸気船」等新しい技術を学び「知」を身に着けアジアで同盟を結ばねばならないと言う。吉之助は斉彬の壮大な話に圧倒される。

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さらにあくる日は「交易」について学ぶ。薩摩には薩摩でしか取れない物がある。それは世界でも同じであると。例えば「樟脳」はオランダでは重宝されており、それを商い利益を得ている。世界と交易をして国を富ませると事が出来ると言う。

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また、その学びの際中に意外な再会がある。以前、暴れる牛を修めた時に籠に乗っていた篤姫である。篤姫は吉之助が牛を会話をしていた事を楽しげに話す。

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また、斉彬の息子虎寿丸は吉之助がお気に入りでありいつも相撲せがむのであった。

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翔ぶが如くのあらすじ第6話下巻「攘夷かぶれ西洋かぶれ」

学びを進める中で吉之助は気になる事があった。

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「お殿様は蘭癖が過ぎる」

「なんじゃと!?」

「おい達が江戸へ留学出来たのは誰のお陰じゃ!」

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大山や有村もたまに話すのだ。斉彬が西洋かぶれなのではという。吉之助は複雑な心境でその様子を眺めていた。

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あくる日、吉之助は斉彬の命で当代きっての思想家として知られる水戸の藤田東湖の元へ使いに出される。斉彬は吉之助を各方面へと使いに出す事で「人物を見る目」も養わせようとしていた。

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「おお!君が西郷君か!!」

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現れた藤田東湖は度々お忍びで水戸藩邸を尋ねる斉彬が大層吉之助を褒めていたことを話す。藤田東湖は日ノ本には国体があり、それを守る、つまりは御上の御心安んじるためには、異国と戦う「攘夷」の気概も必要であると説きます。

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「西郷君は如何に?」

「おいも勿論、お殿様が鞭を振るえば異国と戦い死ぬ覚悟です!!」

「おお!しかし、お殿様は鞭を振るうかな?」

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藤田東湖は暗に斉彬の「蘭癖」を揶揄しているように感じる。吉之助はその後も度々藤田東湖の元を訪ねていた。藤田東湖の薫陶を受ける中で吉之助はある覚悟が固まる。

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「殿!おいも一命を賭して申し上げたき儀ございもす」

「なんじゃ?言うてみよ」

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吉之助は日ノ本の国体を守るには「攘夷」が必要であり、斉彬はなんでもかんでも西洋西洋と受け入れ過ぎているのは尊王の道とは違うと言います。

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「蘭癖が玉に瑕」

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斉彬は吉之助が言うのを聞き終わると、

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「やはりかぶれたか」

「かぶれたとは・・・?」

「東湖先生の攘夷論にじゃ」

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斉彬は吉之助までかぶれたは意外であると言います。そして、これでは今迄教えて来た事が何も実っていないと告げる。

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異国船の大砲を前に如何にして夷狄を討つのか?異国船を前に江戸の防備があまりに手薄と言ったのは吉之助であると。

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「儂は技術が大事と言った!!」

「改革の力になるのは其の方達若い者だ!」

「学びを忘れ、過激に走り、から騒ぎするだけでこの日本はどうなる!」

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吉之助は斉彬の言葉に目が覚めたと言います。斉彬その様子を嬉しそうに眺めた後に唐突に命じます。

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「死んではならぬ」

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吉之助はわが心を見抜かれた衝撃を受けます。斉彬薩摩武士は「死ぬ」と口にすれば死ぬと理解していた。そのため、「死ぬこと能わず」と厳命する。

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「過激に奔る薩摩藩邸の若者の目を覚まさせるよう力を尽くせ」

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吉之助は斉彬の深い洞察にただただ感銘する。

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その頃、薩摩では妻の俊が流産をしていた。正助は吉之助が思う存分江戸で働けるように内密にしていたのだ。吉之助が御庭方となり充実した日々を送れるようになった機会を見計らい知らせる。手紙には吉之助を心配させまいと、俊も元気を取り戻し吉之助を待っていると書いたが、俊は流産の件を気に病み続けていた。

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吉之助は会えなかった我が子を想い静かに手を合わせるのであった。

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悪い知らせはまだ続いた。斉彬が原因不明の熱病に冒されたのだ。

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「お由羅による呪詛か?」

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藩邸にも噂が流れる。幾島から「重篤」と聞かされた吉之助は滝に打たれ不動明王に斉彬の本懐を願うのであった。

翔ぶが如くの感想第6話「庭方役拝命」

翔ぶが如く第6話で吉之助は題名の通り「庭方役」を拝命します。ここから斉彬の吉之助への教育が始まります。

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「人物を見る目を養うために方々へ使いに行かせる」

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この場面は現在でも通じる部分がありますね。

翔ぶが如くの感想6話「攘夷かぶれと蘭癖」

斉彬は吉之助にこの「19世紀」における世界の基礎知識や欧米列強の動向、さらには斉彬自身が描いている、

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「これからの日ノ本の姿」

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まで吉之助に伝えていきます。吉之助はその知識を吸収していきますが、その「知識」が身になっているか否か。水戸の藤田東湖の元へと向かわせたのはある意味では試験だったのだと思います。

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残念ながら、吉之助は不合格でしたか・・・!

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これは結構「深い」話だと思います。おそらく、吉之助は色々と斉彬に教えられた、
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  • 英国や米国の場所
  • 貿易とは?樟脳は何処で売れる?
  • 海防とは?
  • 蒸気船とは?

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そういった「知識」を問われれば全て答える事が出来たと思います。しかし、「知識」は使ってこそ意味がある。

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例えて言うのであれば、吉之助は「車の運転の仕方」は分かっているが、それで崖に向かって走っていくような感じでしょうか?
(例え悪いかな‥・?)

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斉彬が

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「東湖先生の攘夷論にかぶれたな」

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と、言っていますがこれは他の藩士達もそうであったのだという事を示しています。

翔ぶが如くの感想6話「藤田東湖」

「先輩としては藤田東湖に服し」

「同輩としては橋本左内を推す」

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吉之助は後にこのように語っています。藤田東湖の人気は相当なもので、また人間的な魅力にも溢れていたのだと思います。彼は「安政の大地震」で亡くなりますがその際も老いた母を助け出すため崩れかけの屋敷へと再び入り圧死したと言います。

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「人間は感情で決断し、論理で正当化する」

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「おんな城主直虎」の感想でも何度か申し上げていますが、幸か不幸か人は「論理」では動きません。
常に感情で動きます。

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強烈な個性と人間的な魅力、勿論当代きっての知識人(必ずしも攘夷だけの人物ではない)である藤田東湖という人物の前では「知識」は意味をなさない。

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斉彬は正直「若干の期待」はしていたと思います。もしかすると、吉之助なら、

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「藤田東湖の攘夷論は勇ましいだけの絵空事ではないか?」

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と、喝破してくれるのではと。ただ「かぶれて」も問題はありません。何故なら、吉之助は「斉彬に心酔」している。

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ここが難しい処なんですが、もし斉彬よりも藤田東湖の方が「魅力的」であれば、引き戻す事は難しかったでしょう。吉之助は斉彬に徹底的にやり込められますが、それは「論理」でやり込められたように見えますが、そうではないのだと思います。

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斉彬が吉之助を藤田東湖の元へと通わせた目的の一つは「攘夷論にかぶれたさせ(感染させ)」て引き戻す事でもう二度と「かぶれない」ようにする事だったのだと思います。

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一度「かぶれて」戻ってくればもうかぶれない。
現代で言えば、

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「一度共産主義にかぶれておけ」
(現代でもないか・・・)

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といった事でしょうか。

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そして、若い藩士達の間で高い人望を得ている吉之助であれば、ある意味で「過激思想」のワクチンになる。知識や教養は学べば身に付きますが、人間的な魅力は一朝一夕では身に付かない。斉彬はそのような事を考えていたのだと思います。

翔ぶが如くの感想6話「腹を切る事許さぬ」

吉之助は斉彬の「蘭癖」に諫言する時に「命を賭して」申し上げると言います。結果は、前述の通り斉彬に完全に論破され自らの不明を恥じる結果となります。

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「腹を切る事許さぬ」

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吉之助はこの言葉に大きな衝撃を受けていたと思います。まるで自分の心を見透かしたかのような。

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斉彬が藩主に就任後に「お由羅派」を処分しないばかりか、「斉彬派」の名誉回復を遅らせたのもこの辺りに理由があると思います。

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※関連記事:→プレお由羅騒動!?近思録崩れの過酷
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さて、以上翔ぶが如くのあらすじと感想第6話「庭方役拝命」でございます。


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今宵は此処までに致します。

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→お由羅騒動の原点は「近思録崩れ」にあり。重豪と斉宣。

→翔ぶが如くのあらすじと感想第6話「篤姫御輿入れ」

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