武田信玄(大河ドラマ)の感想第47話「三方ヶ原の戦い」。武田信玄にとっては最期の大規模野戦。今にして思えば信玄にとって「最期の花道」のような戦。そして、この戦があったからこそ「武田騎馬軍団最強伝説」が広く流布されるに至ったとも言えます。武田信玄感想47話!
武田信玄感想47話「桶狭間を忘れたか」
織田家にも信玄が西上作戦を開始、二万七千の軍勢が甲府を発ったという知らせが。信長は信玄の上洛にかなり神経質になりますが一方で重臣達が武田信玄何するものぞと自信に溢れているという対比が面白いですね。
→武田信玄(大河ドラマ)のあらすじ第47話「三方ヶ原の戦い」
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織田と武田の戦力差
元亀3年(1572年)前後の武田・織田の戦力差についての解説が面白いですね。
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織田の動員力が徳川も含めて八万程度、一方で武田は上洛軍と一向宗、そして崩壊寸前の浅井朝倉併せても五万程度。
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「我が織田が上回っている!」
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この場面を見ますと、
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「歴史は繰り返す」
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いや、
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「歴史は演者を代えて繰り返す」
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のだなぁと思います。
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しかし、流石は信長。
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「桶狭間を忘れたか?戦は数ではない」
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この一言で重臣達は沈黙。
しかも、桶狭間の勝利を演出したのは当の武田信玄なワケですからね。ましてや、桶狭間と比較すれば、その戦力差は遥かに小さい。
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信長には隙はないという事か。
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だからこそ、この時期に両雄の激突が見たかった・・・。
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余談ですが、長篠の戦での織田の「勝利」もこの信長の「慎重さ」があったからだと思います。一方で勝頼は「急ぐ」必要に迫られていた・・・。
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長篠の戦に至るまでの勝頼と信長の戦いを見ると、いかに信長が武田を恐れ警戒していたのかが分かります。
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※関連記事:→長篠の戦に勝機有り!?勝頼が急いだワケ
武田信玄感想47話「平三と平五」
平三と平五の初登場は第五話「湖水伝説」。信玄が父信虎を追放した翌月「新しい力」として源助と共に原美濃守が紹介していました。
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あれから30年。
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平三と平五の年齢は分かりませんが、幼馴染の源助(高坂昌信)と同じ位だとすると四十台半ば。この大河ドラマ武田信玄ではあまり農民や市井の人々の様子は描かれませんが、その中で農民代表としての役回りも引き受けてくれたように思います。
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生存率
平三と平五は諏訪攻めから始まり、あの永禄4年の川中島を含め多くの戦に参加して、その度に生きて戻っています。
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新兵が最初の壁外遠征で死亡する確率は五割。
それを超えた者が生存率の高い優秀は兵士になっていく。調査兵団団長エルヴィン・スミス
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相手は巨人ではありませんが、平三と平五は戦場で最も頼りになる「古参兵」だったと思います。そして「新兵」である勘一が「死ぬ」ところを平五が身代りに。
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小さい事ですけど、平五が撃たれた後に茫然としている勘一の表情が見ていて切なかった・・・。さらに、平五の遺体は戦場に置き去り・・・。
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嫌らしいのが、この平五が討死した場面の後。
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「二人に良い嫁が来ますように!」
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母親のとらは平三と平五が生きて戻って来る事を全く疑っていないんですよね。
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でもこれも分かる気がします。
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「人間は何にでも慣れる」
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毎度戦に出かけて無事に戻って来ると「無事の帰還が当たり前」になってしまうものなのだと思います。
武田信玄感想47話「教訓」
家康がまだまだ「若い」です。また「信長との比較」の観点から見ても面白い。家康はこの「三方ヶ原」は良い処がありませんでしたね。
他力本願
確かに徳川単体で武田信玄と戦うのは難しいというのは理解出来ます。当時の戦力は多く見積もっても徳川は一万に満たず、武田は控え目に言っても軽く二万は超える。
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しかし、一方で戦は数ではないのもまた真理。
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そもそも、徳川は武田と戦った事がない。
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「戦う前から援軍寄越せとはどういう了見じゃ!?」
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この信長の言い分はよく分かります。
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家康は信長の重臣達と同じく、
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「戦は数」
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だと思っているんでしょうね。なので、焦る。
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「三河が滅びる!次は織田殿!(キレ気味)」
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これ、本当に信長に言ったのかな?斬り殺されかねない台詞だと思いますw
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勿論、戦において「数」は大事なんですけど、如何に不利な状況を打破するのかを考えるのが国主の務め。
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はじめから諦めてしまっていては「知恵」も産まれませんからね。一方で不甲斐ない舎弟(家康)の言い分に怒りを爆発させた後、
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「なるだけ早く援軍は送るがそれまで粘れ!」
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と、咤激励している信長は流石。
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出来の悪い弟を怒鳴ってしまった(使者だけど)事を反省して、かんで含んで言い聞かせているみたいですね。
メンツで戦う
「援軍が来ないと負ける!(半ギレ)」
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と、すっかり弱気だった家康。
浜松城では、
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「三河武士の底力を武田信玄に示す!!」
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と、出撃を直訴する本多平八郎を宥めますが・・・。武田信玄が浜松城素通りをすると、
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「この家康を無視している!許せん!」
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と、舌の根の乾かぬ内に出撃。
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大久保忠佐は高低差有り過ぎて耳キーンだったでしょうね。
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文字通り家康は「大敗」するんですけど、この「三方ヶ原」は現代に至るまでの「武田最強伝説」に大いに寄与していると思います。その意味では家康の短慮のお陰で「最期の花道」が出来たのかな。
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因みに、この戦では恐怖の余り脱糞したはずなんですけど。
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流石にそこまでは描かなかったか・・・!
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以上、大河ドラマ武田信玄の感想第47話「三方ヶ原の戦い」でございます。

今宵は此処までに致します。
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