大河ドラマ武田信玄の感想第44話「氏康の挽歌」です。第12話「海の北条」で初登場以来、信玄の好敵手を務めて来た男がまた1人舞台を去ります。北条氏康。大河ドラマの主役になってもおかしくない程の戦国武将です。軍事・内政・外交と全てにおいて優れています。私、住むなら甲斐でも越後でも駿河でもなく相模に住みたい・・・!

武田信玄感想44話「色男の不覚」

第44話は北条氏康のお話しです。しかし、ここで一度触れておきましょう。色男の不覚について。

→大河ドラマ武田信玄のあらすじ第44話「氏康の挽歌」

竜宮城と思いきや

直江兼続と菊丸改め大村景時は「色男」の高坂弾正の元に美しい「刺客」を送り込みます。ああ、刺客が送り込まれたのは「38話」でございました。因みにしのは小田原城の戦いの頃、永禄12年(1569年)に送り込まれて、氏康の死、元亀2年(1571年)10月までいた計算になるのでほぼ2年間海津城の情報はダダ漏れだった事に・・・。




まあ、幸い??高坂弾正が色男過ぎて、しのは役に立たなくなってしまう・・・。




これに懲りて、竜宮城の美しい女子達は皆出て行ったとか行かなかったとか。




この件、真田幸隆に知られたら、どんな脚色がされるか分かりませんな・・・!




さて、余談はこれくらいにして第44話の本題へ参りましょう。

武田信玄感想44話「親子」

上杉との同盟を進めたのは元々を考えれば氏康でしたね。武田が今川との盟約を一方的に破棄した事で、北条としては「甲・駿」どちらかに付かねばならない。そこで、積年の仇敵である上杉との盟約を進めたのは氏康でした。

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氏康の柔軟性・氏政の拘り

結果的には氏康は自らが主導して進めた上杉との盟約を破棄します。そして、それは一重に相模の将来、つまり氏政の事を心配しての事なんですよね。



「信濃への出兵は陣を同じくしてから」



輝虎がいう事はいつも変わりません。関東管領である(例え名ばかりでも)輝虎からすれば相模守護は家臣であるという認識です。そして、輝虎の性格を考えれば「ガチ(本気)」でそう信じています。




氏康としては、「上手く輝虎を利用する」事を考えているのですがどうにも、この氏政にはそこまでの器量はなさそうだ・・・。




この辺りの認識は結構面白いと思います。




氏康は「関東管領なんかは何の意味もない」と考えています。もし自分が国主であれば、以前氏康本人が語っていたように上杉勢の2倍、3倍の兵力を持って輝虎の陣を訪れる事でしょう。勿論、輝虎はそんな事で面食らったりはしませんが、家臣は別です。




如何に、輝虎が強力な軍人であっても、自陣に2倍、3倍の軍勢をしかも20年来の仇敵である北条家なら余計に動揺します。




そこからいくらでも次の展開を図れるんですよね。元々、動員力のみであれば200万石近い北条家は他を圧倒出来ます。




ところが、氏政は意外と古風なんですよね。



「関東管領などはもはや名ばかり!!」



と、言いつつもある意味では非常に拘っている。何時も興奮気味で大声を出すのは内心を見られたくない現れかなと思います。

それでも子供は可愛い

氏康は自分の意思で松田憲秀を動かして、武田信玄との再度の同盟を探ります。結果的にその盟約は叶うのですが、国主は氏政です。



「氏政に気付かれないように」



ただ、この言葉には例え気付かれても構わないという意もあったように感じますが。結局内密に盟約を進め、そして死の床についた氏康は遺言として、「越相同盟」の破棄と「甲相同盟」の復活を命じます。




氏政もまた、その命に従う事を約します。改めて思うのは、結局氏康と氏政の親子関係は良いんですよね。




氏政も自分に内密に動いた事は分かっていると思います。ただ、それが尊敬する父氏康の最後の命であれば従う。



「良い子じゃ・・・」



氏康の言葉がこの親子の本質を示していたと思います。そして、北条父子は武田信玄と義信父子のカウンタパートなんだなと思います。




いや。




ある意味では武田信玄とまるで正反対であるところは、もしかすると、北条氏康は上杉輝虎に近いのかもしれません。

武田信玄感想44話「氏康と信玄」

前回、「八千年の春」では武田信玄と上杉輝虎の問答がありました。お互い、「正反対」であるからこそ見えるものがある。そして、どちらかと言えば同盟関係にあった期間が長い氏康と信玄ですが、氏康もまた信玄とは真逆であり、そして実は上杉輝虎とよく似ているかもと思います。

友と言った意味

信玄は氏康からの「相甲同盟復活」を了承します。勿論、西を目指す武田信玄にとっ後ろの最大の強敵北条家との同盟が成ればこれほど心強い事はありません。今は一つでも「東」の戦は減らしたい。




信玄にとって氏康が最も警戒する、そしてある意味では「尊敬する」国主であったのではないでしょうか。輝虎とは勿論、川中島で戦国史稀に見る激戦を戦っています。しかし、輝虎には「隙」も多い。「戦」は互角でも「調略戦」は圧倒的に信玄に軍配が上がります。




一方で北条家には隙がありません。
・・・親兄弟仲も良いですしね・・・!




自分とは全く違う思考回路でありながら、自分と同じ、いやそれ以上に国造りに成功している。




そこは「敬愛」の情があったような気がします。また、氏康からすると信玄は6歳ほど若い。「後輩」にしては中々やるじゃないかという気分もあったかなと思います。







「儂は信玄に会った事があるが鬼のような者ではなかったぞ」



氏政にそう話す様子は「善徳寺の会盟 」の頃を懐かしんでいるようでもありました。

「わが生涯は国の為、家の為、子孫の為にあった」

「野心を捨てて、日々恙なく生きる事に勤しみ」

「大酒を慎み、女色に溺れず、倹約を旨としてこの日を迎えた」



武田信玄とは真逆です。



「わが生涯は、己のため、己が何者かを知るためにある」

「野心持ち、日々野心を満たす事に勤しみ、女色にも溺れた」



その「逆」の方向が輝虎とは違います。ただ、輝虎も氏康も「滅私」であるんですよね。




輝虎は世の美しい流れを取り戻すため、
一方で氏康は「北条家の繁栄」を子々孫々に引き継ぐため。
己を「無」にしている。




そして、死を前に自分の人生を振り返り、



「一度は天下を望むべきであったか?」



と、自問自答をしています。
最期、太刀を海へ沈める場面はなにやら美しくも切なくございました。




以上、大河ドラマ武田信玄の感想第44話「氏康の挽歌」でございます。

今宵は此処までに致します。