大河ドラマ武田信玄の感想第5話です。5話と6話は晴信家督相続後の甲斐の様子を二回に分けて描いているように感じます。晴信が家督を継ぐことで家族、家臣にどのような変化があったのか・・・。

家族の形

父と母、弟、そして妻と息子。この関係性がじっくりと描かれたのが今回の第5話だったと思います。

→大河ドラマ武田信玄第5話のあらすじはこちら

夫婦のすれ違い

第5話では三条殿が「御裏方へ移らせてほしい」と2回晴信につめ寄っております。一度目は太郎を連れてたまたま「お館様」の席にいた晴信に、里見殿を三条殿に先んじて、裏方へ入れたのは側室(実態は母の世話させるため)にするためであり、さらには、「三条に屈辱を与えるため」とまで誤解をしておりました。




当初は晴信は「下らない話」と一顧だにしない様子でしたが、三条殿が無事男子を出産して、さらに食い下がった時に、



「またその話か・・・」



と、いいつつもようやく三条殿の願いを聞きます。このエピソードは第4話で信虎殿を無事追放して「ただ、お祝いを言いたかった」三条殿と、非常に複雑な想い、言葉では言い表せない想いを持って「追放」をした晴信とのすれ違いの反対版だと思いました。




おそらく、晴信は「裏方に住む事」という事に対する三条殿の「想い」を軽く見ていたと思います。ただ、三条殿はただの我儘ではなく割と真剣に「国主の妻として裏方に住みたい」と考えていたわけです。



「そうまでして裏方行きたいか?」



この晴信の質問に三条殿が「はい!」と即答した時に、ああこれは対応をしないといけないと感じたのでしょう。この夫婦がやはり哀しいのは三条殿は晴信に喜んで欲しいし、なんとか寄り添っていきたいと考えていて、また、晴信自身も決して三条殿を正室として大切にする意思があるにも関わず、お互い考えている事が中々分かり合えないところだと思います。




第4話感想でも触れましたがその微妙なニュアンスを紺野美沙子殿が見事に演じていると思います。




そして、三条殿が常に嫡男太郎を伴っていいるのが今後の布石になってしまいそうです。まだ5歳という事で自分の意志は示しませんが、泣きはらす三条殿の涙をそっと拭ってあげる場面は、今後の行末を暗示しているように感じてしまいます。太郎の傅役には飯富虎昌殿が任命され、その任命したい理由に、



「儂とは違う人間に育って欲しい。」



つまり、父を追放してしまった自分のような人間ではないように育って欲しいと願いを込めていますが、その結果が悲劇につながるとはこの時は晴信は勿論、飯富虎昌殿も想像だにしていなかったでしょう。虎昌殿を演じる児玉清殿の演技も「誠実さ」が滲み出ています。

母と子

三条殿と晴信が中々お互いの気持ちが通じずにすれ違いが大きい一方で、母と子の間は考えている事が分かってしまうというのはなんとも皮肉なものと感じます。




第1話から信虎殿は決してよい「夫」としては描かれておりません。特に、第3話では大井夫人に対してかなり暴言を吐いております。




多くの視聴者はある意味で「八重殿・三条殿」と同じく、信虎殿を無事追放できて拍手喝采と考えたのではと思います。しかし。それでもやはり二十有余年に渡って共に暮らしてきた夫です。居なくなってしまえばよいなどとは考えてはいなかった。




そして、そのことを晴信は分かっているのですね。大井夫人は「信虎殿追放」に関して決して批判めいたことは一言も発していません。むしろ「父を超えた」とまで言っています。にも関わらず、



「父上を奪いし事お許し下さい!」



決して、信虎殿を追放した晴信を恨んでいる気持ちなどはないのですが、それでも「よかった」とは思えない気持ち。それを、しっかりと汲む事が出来る。




すれ違う妻と理解し合える母子。
なんとも鮮やかな対比と思いました。

信虎とらんそして宮崎ますみの淫靡さ

第2話の感想でも触れましたが信虎殿を演じている平幹二郎殿は凄い存在感です。そして、その相方?らんを演じる宮崎ますみ殿も平幹二郎殿に劣らず、振れ幅の大きな演技wしていると思います。




初登場は信虎殿といちゃつく淫乱な雰囲気の側女という感じでした。そして、第2話では木に縛られて、さらに今回は信虎殿を慕う「いじましい女」って感じです。この後、映画(だったかな?)「XX美しき凶器」等で大胆なヌードを披露するなど、90年代は「エロティック」な演技も注目される事になるのですが、既に、この時にその片鱗が伺えるかと思います。




平幹二郎殿と宮崎ますみ殿のある意味「戦い?」にも注目していきたいと思います。

甲斐の国力

今回、軍議の場で甲斐の国力が詳らかに語られました。あまり注目されないところですが、旗本衆で三千、甲斐全土で動員力が八千。最終的には数万の軍勢を動かす事になりますが、まだまだ、この頃は苦しいのがよく分かります。

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一つの完成形

第4話と5話が上下巻のようと言いましたが、第4話では、冒頭で目標を方針、さらには戦略・戦術を示していましたが、早速それを実践しています。

勿論まだ、


  • 国を富ます
  • 争いを無くす


といった部分は道半ばではありますが、



  • 身分の上下を問わず意見を言う。
  • (軍議で自由闊達な意見を言わせる)

  • 才能(専門家)があるものは取り立てる。
  • (源助、平三、平五を取り立てる)



など、実践をしています。




そこから後の「高坂昌信」が発掘されるのですね。戦国時代を少々知っているとこの後の高坂昌信殿だけではなく、有名どころだけでも羽柴秀吉、斎藤道三、松永久秀、石田三成など「百姓や商人」からその力を発揮した人は多いですね。百姓であっても「能力」があれば取り立てる、機会を与える。



「そんなの当たり前、目新しさはない」



と思っている方も多いと思います。ただ、これは結構「重く」「中々出来る事ではない」と私は思います。現代に置き換えて考えてみれば。




大卒の新卒しか採用した事のない会社が高卒や専門卒の新卒を取るようになるにはパワーがいると思います。また、子会社採用の人間を「優秀」だから本社に入れるとか、つまり前例にない事を行うのは、この開かれた日本社会でさえ困難があります。




それを、かの戦国時代に行ったというのは、結構重大な決断であり重みがある事なのではと思います。




さて、徒然と感想を書いて参りましたが、
今宵は此処迄に致しとうございます。