西郷どんの感想第18話「流人菊池源吾」でございます。冬の錦江湾に月照と共に身投げした吉之助。しかし、吉之助だけが助かる。世界の不幸を一身に背負ったような表情の吉之助。幕府から追跡されていた吉之助は名前を変えて「流人菊池源吾」として島へ・・・!大河ドラマ西郷どんの感想第18話始めます!

西郷どんの感想第18話~吉之助、荒れる~

奄美大島へと流された吉之助は荒れる。兎に角荒れる。その姿はまるで思春期の少年。世が世なら、盗んだバイクで走り出しそう・・・!

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奄美大島へ

前回も少々触れましたが、錦江湾に飛び込んだ二人はすぐに引き上げられますが月照は既に息がありませんでした。




享年45歳。




やはり、慣れない長旅、しかも幕府の捕吏をかわしながらの「逃亡」だった訳ですから、薩摩に来るまでに体力も削られていた事でしょう。それは吉之助も同じではありますが、江戸出府以来、京・大阪・薩摩を行き来する旅慣れた吉之助とでは疲労の蓄積も違うでしょうしね。




因みに「藩に見捨てられた」とナレーションがありましたがそれは少々事実と異なります。



  • 名前を変え
  • 吉之助の墓を立て
  • 行倒れの旅人の遺骸で身代り準備


まで、斉興の命で行っています。斉興、というか薩摩藩としても吉之助の「扱いに困った」のは事実でしょうが、流石にこれを「見捨てる」ような真似はしなかったという事を改めて申し添えておきます。




さて、奄美大島に入った吉之助は荒れに荒れています。事実、荒れていたのは間違いないのですが、吉之助はこの頃既に下級藩士の「頭目」的存在です。奄美大島に送られる前に大久保たちには今後の見立てと方針を伝えています。




これは西郷吉之助の、



「最初の指令書」



と、言って良いと思います。




この頃、井伊大老を斬るべし!という強硬論が安政の大獄で最も痛手を被った水戸藩を中心に「突出(脱藩)」し井伊大老を斬るという者が数多く出てくるようになります。




薩摩藩でもそういった「強硬論」を唱える人間も少なくありません。しかし、西郷など一部の藩士を除いて「日ノ本の情勢」に明るい藩士などはいなんですね。大久保は西郷が島に流されている間の「活動指針」を求めてきます。西郷はあくまで現時点での考えであるという「留保」を付けた上で、



突出は必ず事前に越前藩に問い合わせるべし。越前が立てば筑前・因州・長州なども立つ。その時は送れずに突出すべし。しかし、それを待たずに突出するのは死に急ぐだけであり真に日本国の為にならない。



と、残しています。




今宵、吉之助は「荒れて」おりましたがそれは「生き残った事への罪悪感」だったように見えましたが、実際は「奄美に流され、何も出来ない事」への悔しさ、歯がゆさもあったのではないかなと思います。

島妻(アンゴ)

奄美大島には「島妻(アンゴ)」という制度があります。なんらかの理由で島で暮す事になった薩摩人の「現地妻」という事ですね。




これを以て「前近代的!」「人道の問題!」という視点もあるかもしれません。ただ、当時はこれは一般的(少なくとも薩摩では)制度でした。




大久保の父次右衛門にも島妻がおり、子供も成しています。




因みに、島妻は決して薩摩へ上陸する事は出来ない決まりではあるのですが、その間に出来た子供達は「薩摩人」として薩摩へと連れて行き、教育その他、薩摩の制度化で生きる事が許されています。




現在は「建前」で二号さんを囲む事は出来ませんが、実際に「囲んで」いる人は責任を取らないことも多い。




そんな「綺麗事や建前」ばかりが先行して、その間に出来た子供は「なかった事」にする位なら、しっかりと「二号さん」を認めた方が誰もが幸せになるのではと感じる次第でございます。




清廉を求めるあまり、出来ない約束をして、後で頬かむりをするよりも、はるかに「島妻(アンゴ)」という制度は誠実だと感じますね。




西郷どんの感想第18話「流人 菊池源吾」はまだまだ続きます。

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西郷どんの感想第18話~奄美の黒糖~

薩摩藩は「蘭癖 of 蘭癖 島津重豪」時代に莫大な借金を作ります。まあ、「借金の理由」は幕府からの所謂「天下普請」の影響も大きいので、莫大な借金を全て「蘭癖重豪の責任」だけに帰するのは些か酷な部分もありますが。

搾取

薩摩藩は「色々あって」500万両という借金を抱え、斉彬の曾祖父、島津重豪の時代には財政破綻の状態にありました。
(利息の支払いだけで、藩の収入を上回る上京に陥っていた)




その「破綻」状態の薩摩藩を救ったのが皮肉な事に「蘭癖」で名を馳せた「島津重豪」に見いだされた調所広郷。



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詳細は上記に譲りますが、簡単に言えば「砂糖」の専売に目を付けます。




奄美大島は黒糖の産地でもあり、当時黒糖は高く売れます。薩摩藩の財政はこの「奄美大島の黒糖」に支えられていたと言っても過言ではありません。



因みに、当時日本最大の商業地であった大坂で薩摩藩が商う米の収入は年間6千両。しかし、砂糖の収入はそれを遥かに上回る23万5千両と言われます。




今回西郷も、



「自分は藩の金を湯水のように使った」



と、こぼしていましたが、全てこの「奄美大島の黒糖のおかげ」といっても過言ではありません。




また、薩摩の代官の取り立ても過酷でありました。



「菜種油と百姓は絞れば絞るほど出るもの」



かつて、郡方書役時代に厳しい年貢の取り立てを行う上司の言葉に憤激した吉之助ですが、ここ奄美大島では斉彬時代もかつて吉之助が憤激した以上に「過酷な年貢の取り立て」が行われている現実に衝撃を受けたようです。

民ではない

今宵、一番魂の叫びは愛加那のこの言葉。



「私達は民ではない」



愛加那が「蘭癖斉彬」の死を喜んだと聞いて憤激した吉之助は、いかに斉彬が「民百姓の為を考えていたのか」に関して熱弁を振るいますが返す言葉がありませんでしたね。




人生とはいつの時代も同じように難しい。



  • 私達は国民ではない
  • 私達は社員ではない
  • 私達は労働者ではない


あらゆるクラスタで「自分達は疎外されている」と感じる人が少しずつ増えているように感じます。




社会全体に「革命前夜」といった不穏な空気はないですけど・・・。

西郷どんの感想第18話~不幸~

愛加那は薩摩を憎み、そして吉之助の事も嫌います。まあ、あの態度を見れば嫌われて当然なんですけどね。しかし、ここもまた人間の難しさが出ていたように感じます。

人の不幸は蜜の味・・・とは限らない

愛加那の「願い」を天が聞き届けたのか?吉之助は倒れ高熱にうなされます。



「私が不幸になれと祈ったからだ!」



早く死ねばいいのにと思っていた人間が死にそうなると、嬉しいかと思いきや、意外と嬉しくないどころか、戸惑ってしまう。




この気持ち分かる。




死ねばいいのにと思っていただけなのに、その人間が死にそうになるとまるで自分の所為のように感じて意外と気持ちが苦しい。




人間は「殴れないから殴りたい」んだと思うんですよね。
(相手が見えない場合、例えば愛加那に取っての斉彬とかは除く)




いざ、殴れる、弱っていると何故だか戸惑ってしまう。




幕末であろうと、戦前であろうと、はたまた21世紀であっても・・・。




人間の本質は変わらないのかな。




以上、西郷どんの感想第18話「流人 菊池源吾」でございます。

大河姫

今宵は此処までに致します。

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