西郷どんの感想第10話「篤姫はどこへ」ですございモス。篤姫の実父がお亡くなりに・・・。そして当代きっての知識人橋本左内様もご登場。見事な「瀉血(しゃけつ)」を魅せていましたが・・・!因みに、瀉血はあまり医学的根拠はないとか。そして!今宵の大注目は30年振りの大河出演のアノお方・・・!お帰りなさい!湖衣姫様!西郷どんの感想第10話始めモス!

西郷どんの感想第10話~幾島様!~

人生いろいろにございモス。篤姫様の教育係となられ教育係になられたのは幾島様。「江戸では言葉が通じない」と言われる程の薩摩訛りを直し御台所として恥ずかしくない姫君に育て上げる!そして、幾島様にもいろいろありまして・・・!30年振りでございモス!

→【公式】西郷どんの見逃し動画!

30年振り!

幾島様を演じているのは「南野陽子」さん。まあ、此処ではその「就任経緯」は触れませぬ。




ただ、意外な事に南野陽子さん、大河ドラマ出演は我が子晴信の物語以来30年振りなんですね。



※関連記事:→30周年!!大河ドラマ武田信玄


30年前の「武田信玄」は裏方で「湖衣姫-お滝」ラインと「三条の方-八重」ラインが火花を散らし、「里美」が中立国で「恵理」が無邪気に場を荒す・・・!正に「おんなの戦」でございました。



※関連記事:→武田信玄第9話「おんなの戦」の感想


因みに、当時は湖衣姫に道場を寄せる風潮が強かったように記憶していますが私は俄然、三条派でございました。




湖衣姫は中々大した玉で、逆に、いつも強がっている三条の方の方が可愛らしかった・・・!




さて、30年経過してすっかり大迫力となった幾島様のご活躍に期待でございます・・・!



→【公式動画】「武田信玄」での幾島様を確認


西郷どんの感想第10話「篤姫はどこへ」はまだまだ続きモス。

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西郷どんの感想第10話~重豪と斉彬~

今宵、斉彬は自分が描いている青写真を明らかにします。篤姫を将軍家に輿入れさせる事で前代未聞・・・いや!曾祖父の重豪と同じように「将軍の義理の父親である外様大名」を目指す事、そして、慶喜を将軍に・・・!

将軍の舅

斉彬が目指しているのは「高輪下馬将軍」とも評されて権勢を誇った「蘭癖の星:重豪」だと思います。その辺りの描写は描かれはいませんが間違いなく「意識」している。



※関連記事:→重豪と近思録崩れ。その遠因は宝暦治水事件


詳細は上記にも記載をさせて頂いたのですが、島津重豪が「将軍の舅」を目指した、つまりは「権力」を目指したのは宝暦治水事件などを通して、幕府からいいようにやられてばかりの薩摩藩を救うためだったのではと思います。




ではこの行動を斉興はどう見ていたでしょうか?




「蘭癖」は忌み嫌うべき「無駄」ですが将軍の舅になるというのは薩摩藩にとっては良いことではないか?




ただ、残念ながら斉興はそうは考えないと思います。お由羅騒動の前哨戦ともいえる「近思録崩れ」の遠因の一つは、将軍見台所となった広大院の実母である「お登勢の方」の一族である市田氏による藩政の私物化もあります。当時、若かった斉興からすれば、将軍の見台所など輩出したばっかりに、出費はかさみ、藩内の派閥抗争の原因となる。



※重豪以降の歴代薩摩藩主(大河姫作成)



さらに、広大院もまた重豪と同じく当時としては長命で 天保15(1844年)まで存命でした。広大院は生前に「従一位」の位を授けられるなどその権勢は揺るぎないものがあります。薩摩出身とはいえ「粗略に出来ない」訳です。




天保3年(1832年)には藩主斉興に世子斉彬の養子に時の将軍徳川家慶の五男である後の徳川慶昌はどうかと提案をしています。結局断ってはいるのですが、こうした「金と気を遣う付き合い」も斉興は嫌ったんのではないかと思います。




では、重豪が広大院を将軍見台所へと輿入れさせた意味がなかったと言うと、そんな事はないとも思います。少なくとも、「宝暦治水事件」のような圧迫政策は以降薩摩には降りかかってはいません。




ただ、人間はやはり「時代からは自由にはなれない」のだと思います。




重豪は薩摩のために「宝暦治水事件」を繰り返すまいと権力を求め、
斉興は「近思録崩れ」や「大借金」を繰り返すまいと「蘭癖」や「権力に近づく」事を忌み嫌う。




そして、斉彬にとっては「大借金」も「宝暦治水事件」も過去の「小さい(国内)問題」であり、それよりも「今」迫りくる異国の脅威こそが緊急の課題と考えたのだと思います。




ただ、その危機感を斉興は、いや実際は多くの大名も理解する事が出来なかったように思います。

慶喜の将軍に

斉彬の作戦は「将を射んとする者はまず馬を射よ」と言う事に付きます。篤姫を将軍御台所として、次期将軍を慶喜と指名をしてもらう。




大河ドラマを見ていると「一橋派」と「南紀派」の争いと言いますが、実際のところは「一橋派」はかなり分の悪い、というか「万馬券」を狙うような雰囲気です。




まあ、「勝負師」である斉彬らしいと言えばらしいのですが・・・!




斉彬は慶喜を将軍とするために、篤姫を輿入れさせ、後には「朝廷」も巻き込む前代未聞の政治工作を実施します。




確かに、将軍家に篤姫を輿入れさせて、さらに朝廷からも勅許を得るところまで持っていくのは流石ですが、もし仮に「勅許が下った」としてもそれでも尚、慶喜の将軍就任はハードルが高かったように思います。




個人的には斉彬の「勝負師」っぷりは後の連合艦隊司令長官の山本さんを彷彿させるんですよね。




さて、西郷どんの感想第10話「篤姫はどこへ」いよいよ最後の段でございモス!

西郷どんの感想第10話~その男、橋本左内~

今宵、颯爽と登場したのが蘭方医の橋本左内。見事な「瀉血(しゃけつ)」の腕前を披露しておりました。まあ、瀉血の腕前は見事でもあまり医学的根拠はなかったとか・・・。そして、一方で藤田東湖先生は出演無しと言う事になりそうです!

橋本左内と藤田東湖

後に西郷が、



「先輩なら藤田東湖、後輩なら橋本左内を推す」



と、言わしめた程の人物です。これは西郷だけではなく、日露交渉にも活躍した川路聖謨等は、安政の大獄で「橋本左内を失った事」が幕府の滅亡せしめたといった趣旨の言葉を残しています。




兎に角、その英邁さは当時の知識人たちの間では知らぬ者はないと言われていました。




因みに、「西郷どん」の原作本では、斉彬はまず「藤田東湖」の元へと吉之助を送り込み、そこで藤田東湖の「攘夷論」をたっぷりと浴びせさせ、吉之助を「過激な攘夷志士」としたうえで、その後に橋本左内の元へと送り「毒を抜く」事をさせています。




斉彬としては「一度過激思想」に被れたほうが、耐性が出来て、もう二度過激な攘夷思想(実現不可能な精神論)には被れないという判断のもと、吉之助を育てているという事ですね。ワクチン療法みたいなものです。




因みに、「翔ぶが如く」では藤田東湖は登場し原作本に近いような形でその「攘夷思想の毒」を抜いています。まあ、毒抜きは斉彬自身が行っていましたが・・・!



※関連記事:→翔ぶが如く第6話「庭方役拝命」


個人的には藤田東湖先生は歴史的にも「先輩なら藤田東湖先生を推す」と言い、また当時の知識人の間では知らぬ者はないと言われていたので出演させても良かったかなと思います。

→【公式配信】翔ぶが如くの橋本左内と藤田東湖を確認

瀉血(しゃけつ)と漢方

今宵、登場した橋本左内が見事な腕前を見せた「瀉血(しゃけつ)」。前述の通り、医学的な意味はあまりないと言われていはいますが、だからと言って「無駄」とは言えない面もあると思います。




現代は「西洋医学全盛期」ではありますが、当時は必ずしもそうとは言えないんですね。おそらく「治療全般」という部分で言えば漢方の方が優れていたと思います。




というのはこの頃「蘭方医」が優れているのは「外科」つまり「切った張った」が位なんですね。内科的な知見に関しては過去の積み上げがある「漢方」に分があります。因みに、外科が優れていたのも例えばこの「瀉血(しゃけつ)」等を通して人体の構造と機能を学んでいったからではないでしょうか。




錬金術の目的は「非金属から金を生成」する事であり、結局それは実現できませんが、その「錬金術の研究」が化学の発展に寄与しなかったと言えばそうではないのと似ている気がします。




西洋医学がいよいよその力を発揮するのは、もう少し先、19世紀も後半になってからですね。あと少し「蘭方医学」の発達が早ければ斉彬はもしかすると・・・。




以上、西郷どんの感想第10話「篤姫はどこへ」でございます。

大河姫

今宵は此処までに致しモス。

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