板垣与三次(板垣与右衛門)。西郷家が借金を頼む豪商。この豪商は貧しい城下士の西郷家に100両もの大金を貸し付けたのか?板垣与三次が金を貸し付けなければ西郷が斉彬の眼に止まる事もなく、江戸へ行くこともなく、いや、明治維新はなかったかも?板垣与三次という人物と後の西郷との関係。

板垣与三次は実在するのか?

大河ドラマ「西郷どんの第3話」で登場し、貧しい西郷家に100両(現在の価値で1500~2000万円程度)もの金を貸した商人の板垣与三次。「翔ぶが如く」では西郷が金を借りる場面はありませんでしたが、この板垣与三次(板垣与右衛門)という人物は実在の豪商です。

→西郷どんの感想第8話「不吉な嫁」

豪商で豪農

板垣家は水引郷五代村で代々油問屋を営んでいたと言われます。また、兼業で廻船問屋も運営し、



「川内川の水が干上がる事があっても板垣家の財産が干上がる事は無い」
(川内川の水が逆さに流れる事はあっても板垣家の財産が潰れる事は無い)



と、謳われる地域の名士的な家でした。




大河ドラマ「西郷どん」でも描かれていましたが、父吉兵衛がまだ存命中の弘化四年(1847年)、西郷は父親の吉兵衛に連れられてこの板垣与三次の元を訪れて100両もの借金をしています。




今とは貨幣価値が大きく事なるので、諸説あるのですが現在(平成30年)の価値で言うとざっくり1500万円~2000万円程度の金額となります。




後に、幕末明治の日本で活躍する西郷ですが、この時は残念ながらただの下役人の城下士、しかもまだ十代の青年に過ぎません。しかし、前述の通り西郷父子に板垣与三次は前述の通り100両もの大金を貸し付けています。




私はこの時金を貸した理由の一つに西郷吉兵衛が息子も連れて訪問をした事も影響があったのではと思います。この日ノ本では基本的には「借金」とは恥ずかしいモノという認識があると思います。親としてはそのは「恥」を息子に見せるには本来であれば忍びないものではと思います。




ただ、吉兵衛は「自分生きている間に返済できない」可能性を考えて、息子の吉之助をも連れて板垣与三次の元を訪ねたのだと思います。




吉兵衛の「誠実さ」そしてまだ若干二十歳にも満たない吉之助の人となりに「何かを感じ」てお金を貸したのではないかなと思います。




無事、金を借りる事が出来て西郷家の財政は一息尽きます。しかし、悪夢のような事態が西郷一家をに訪れます。

さらに金を借りるハメに

当時、薩摩藩では「石高」の売買をする事が認められています。石高を購入すればその分収入がアップします。




石高の売買が認められている。しかし、石高を売ってしまえば長い目で見れば損をしてしまうのではと考えるかもしれませんが、例えば、急な出費(例えば藩命で江戸へ行かねばならない)で当座のお金が必要な家、養っていかなければならない一家の人数が減った家(娘を嫁に出したり、一家の者が他界したり)等は石高を売る動機があります。




一方で、嫁を迎えたり子供が増えたり(まさしく西郷家)すれば石高を購入して安定収入を得たいと願うはずです。西郷家は板垣与三次からの借金100両で石高を購入しています。当時、石高は「需要と供給(つまりは市場経済)」で価格が決まっている部分もあったのですが、石高が藩の中で変動相場制状態である事を問題視した藩が固定相場制へと移行するように制度を改めてしまいます。




西郷家は当初はかなり安い金額で購入出来ていたのですが、過去の取引に至るまで公定価格を適用される事になってしまい、購入した相手方に追加で支払いをしなければならなくなります。




今更、石高を返却も出来ず吉兵衛は恥じを忍んで板垣与三次に再度借金を申し込み、結果的には追加で100両、合計200両もの借金を背負う事になってしまいます。




因みに、吉兵衛の死後にも今度は吉之助の弟吉二郎が、板垣与三次に借金を申し込み幾ばくかの金額を借りているようです。

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西郷家の借金のその後

西郷家の借金は吉之助が斉彬に見出されて江戸・京都で活躍している間も、また、一度島に流された後に、藩の重役として復活した後もろくに返済はされませんでした。ようやく借金が返済されるのは御維新が成って、さらに5年の月日が流れてから。

ついに完済!

明治五年(1872年)に明治天皇の西国巡幸に従い西郷は薩摩へと帰国。その時に明治天皇からも御下賜もあり、ようやく借金返済の目途が付きます。




父、吉兵衛と共に借金を願ってから四半世紀の月日が流れていました。西郷は元本の200両と利息200両の併せて400両を返済しようとしますが、板垣は元本の200両しか受け取らなかったと伝わります。




まだ、何者でもなかった頃の「大西郷」に金を貸した。




これは商人にとって最も重要な「人を見る目」が確かであったという証左です。板垣与三次としてはきっと誇らしかったのではないでしょうか。




また、実際の200両のお金を貸した時にも、恐らくは「必ず返済される」とは考えていなかった気もします。




ただ、西郷父子の様子に何か感じるところもあり、この親子のためであれば例え返済がなかったとしても後悔はないと。




金を貸すというよりは「応援する・力になりたい」といったような感じでしょうか。




それもまた、西郷父子の人徳なのではと思います。




以上、「板垣与三次は実在?西郷との関係は」でございます。

今宵は此処までに致します。

※参考:川内高城温泉HP等

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