おんな城主直虎の感想第48話「信長、浜松来たいってよ」でございます。おんな城主直虎48話もまた色々と考えさせられるお話しでした。しかし、氏真様がここまで活躍する大河ははじめてではという感想を持ちます。では直虎の感想48話はじめます。自然・・・。いつの時代も犠牲になるは女子と子供・・・。

直虎感想48話「太守様の独壇場」

太守様の切替の早さこそ、人生で最も必要なものかもしれません。今宵程、太守様を頼もしく思った事はございませんでしたね。家臣が過去を引きずる中、太守様、未来しか見てない!!!

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武田は仇!?

天正10年。ついに我が武田家が滅びます。そして、その帰路信長が浜松来たいっていう事に・・・。




太守様は「主人」である家康意向などなんのその。
独自に仕入れた、



「相撲好き」



情報を基に準備万端。



「三河の美丈夫の相撲をご覧に入れます!」



この時、武田滅亡をして、



「武田家は綿今川家にとって仇敵で実に目出度い!」



告白します。
私、桶狭間の戦いを一瞬忘れました・・・!




そう、失った物を数えてもショウガナイですよね。



  • 桶狭間の戦い
  • 松平元康離反
  • 三国同盟崩壊
  • 寿桂尼殿の死
  • 武田信玄駿河侵攻
  • 二十一名逐電


そして大名としての「今川家の滅亡」



「これからは自分のやり方で人生の舵取りが出来る」



掛川城を退去する時に妻春に語っていました。大名としての今川家は滅びましたが、「風流人氏真」の人生は今まさに全盛期を迎えていますね。

人間、氏真

さて、氏真が「風流人」として京都で「遊んで」いる間に織田家中にも人脈が広がります。その中で知り合い、和歌を送り合う等交流を深めたのがかの明智光秀。



「共に、信長を討とう」



結果的に氏真はこの光秀の申出を受け入れます。その経緯を直虎に話す場面。



「瀬名の仇を討ちたくはないのか?」

「いや、儂も仇であるな」



これ。




氏真の活躍をここまで描いたドラマも珍しい(というか、初かも?)のですが、そのキャラ付けが決してステレオタイプではないんですよね。




戦国や歴史が好きな方の間では氏真が徳川政権下で高家として生き残った事や、信長の前で蹴鞠を披露した事はわりと良く知られています。




ただ、おんな城主直虎で描かれる氏真は、単に大名としての今川家が滅んだ後は得意科目を活かして風流人として生きたのではない。




氏真も直虎と同じく家康の器量に惚れ込んでいる部分は共通します。また、信長に近しい人間を殺された事も。しかし、氏真は気付くんですよね。自分もまた、直虎、井伊家にとっては仇の1人であると。




そして、悩んだ末に光秀の申出を受け入れた理由。



「逆風ではどうにもならない」



氏真も信長の暗殺が仮に成功した処で家康の天下になるとまでは考えていない。ただ、このままでは徳川は立ち行かない。




それは、父義元を桶狭間で失い、武田信玄の駿河攻めにあった時に、次々と裏切る家臣・国衆を見て骨身に染みています。そしてその中には直虎もいた。




こういった「人間、氏真」を描いているからこそ平成の世に生きる私達も氏真を愛し、シンパシーを感じるのです。




おんな城主直虎の感想第48話「信長、浜松来たいってよ」はまだまだ続きます。

直虎感想48話「改めて信長、スゴイ」

直虎は一つの希望を持っています。それは、家康にこの日の本を治める要となって欲しい。しかし、家康の答えは‥・?

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出来ると思った事はない

戦で苦労をしている家康は戦のない世を創る事を夢想しています。



「戦をしなくても良い仕組みを考える」



もしかすると、この頃から後々の天下統一を考えていたのやも・・・。




しかし、家康は、



「出来ると思った事はないな」



と、直虎に告げます。




天正10年。
家康は甲州征伐の論功行賞として駿河を手に入れ、三河・遠江と併せて旧今川領を手に入れてはいます。一応、額面上は海道一の弓取り今川義元が天下を狙い上洛を計画した頃と同じ勢力です。



※関連記事:→今川義元が上洛したら天下が取れた?


勿論、当時と今(天正10年)は時代が違います。当時は、織田家に類するような大勢力は存在していません。また、この頃は織田以外でも、北条・毛利・長宗我部等は徳川よりも勢力は大きい。



「やって見なければ分からないではないですか!」



直虎は家康に??咤激励しますが、家康が出来ると思った事はないというのはよく分かります。




で、信長です。




やはり、この男は傑物だと思うのです。正直、秀吉・家康と比較しても格が違います。




信長が稲葉山城を岐阜と改めて「天下布武」を言いだしたのが永禄10年(1567年)。




この頃は当然、武田信玄も存命中であり、また、北条氏康、毛利元就、上杉謙信といった大勢力が健在でした。信長はまだ上洛もしておらず、尾張と美濃を手に入れたばかり。




この時点で「天下布武」とは見上げた根性です。




因みに、家康の勢力が三河・遠江(一部)ですから織田・徳川の差はそれ程大きくはない。
(なのに、あんなに偉そうなのは、幼少時のスクールカーストの影響かな‥・?)



「やって見なければ分からない」



直虎のこの言葉は深いと思います。



「望まなければ、願いは叶わない」



当時、信長よりも遥かに有利な立場にいた朝倉義景は転がり込んできた「玉(足利義昭)」を手放しています。




もし、信長が「天下布武」を望んでいなければ、天下は武田信玄や上杉謙信のモノになっていたかも・・・。
(実際、信長も上洛しなければ、義昭はさらに東の上杉や武田に庇護を求めたと可能性が高い)




さて、おんな城主直虎の感想第48話「信長、浜松来たいってよ」はもう少々続きます。

直虎感想48話「光秀」

去年と異なり、今年の光秀はあまり信長さんにパワハラされていませんが・・・。あ、でも予告で「キンカン頭!」って言われたましたね。ついに、謀反を起こすようです。

織田家中は複雑怪奇ナリ

個人的には、信長の性格からして安土城に呼び出して暗殺といった回りくどい事はしないと思います。
やるならサッサと片づけると思うのですよね。



しかし、「疑心暗鬼を生ず」と言います。



自らの息子「自然」を人質として差し出す。つまり少なくとも光秀の覚悟は決まってる。光秀の言う事もまた説得力はありますね。




特に不意の浜松訪問は下調べ。



「ベルリンオリンピックの聖火リレー」



まるで、ベルリンオリンピックの聖火リレーですね!聖火リレーは「ベルリンオリンピック」から始まったのですが、ギリシアからベルリンまでのルートの下調べを後の第二次世界大戦に活かしたと言われます。




ただ、瀬名と信康の件があってから、徳川家中は団結しています。
特に、石川数正!



「命の使い道」



を、得てイキイキしています。此度の伊賀越えはいったいどうなるのでしょうや・・・。



おんな城主直虎の感想第48話「信長、浜松来たいってよ」、最後の段でございます。

直虎感想48話「裏富士」

信長殿は甲斐にいるにもかかわらず「富士が見たい」と言って駿河を抜けて浜松へ入ったようですね。
かつて、今川義元殿は我が甲斐から見える富士を「裏富士」と笑いましたが・・・。
後に、桶狭間で横死されております。

富士の正面は?

駿河からの富士



甲斐からの富士


霊峰富士の正面とは古来より、我が甲斐から見える裾野を山々に隠した富士であると言います。




その理由を聞けば納得頂けると思いますがその理由は以前晴信が語っておりました。



※関連記事:→霊峰富士の正面とは?


以上、おんな城主直虎の感想第48話「信長、浜松来たいってよ」でございます。

今宵は此処までに致します。

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