おんな城主直虎の感想第40話「天正の草履番」でございます。「天文の草履番」は後に天下人となりますが・・・。「天正の草履番」は如何に!?おんな城主直虎の感想第40話始めます。今宵は松下の親父に泣かされましてございます。良い父・夫に出会えたと存じ上げます。

直虎感想40話「直虎の想い」

虎松の「家康に井伊と名乗れと言わせる作戦」策は殆ど成功。しかし、それは当然波紋を呼ぶと同時に、辛い中間管理職の口から全貌が漏れて・・・。

※注目記事:→何故語られない?長篠の戦いが無謀ではないこれだけの理由

生臭坊主、畏るべし

南渓和尚のしてやったりの笑顔。



「虎松が決めたのだ(ニッコリ)」



この笑顔腹立ちますね(笑)
しのが怒るのも良く分かります。



「禅僧と書いて生臭坊主!」



しの!上手い事言った。
ただ、正直に言えば、しのだって嬉しくない訳ではなかったりします。そこを嫌らしく突いて来る。




南渓和尚は直虎にこれ以上の負担をかける事には罪悪感があったようですが、虎松なら!虎松は男の子ですからね。布石は既に打たれていたという訳です。



「井伊家は終わりにしよう」

「死者には儂から詫びる」



これはまあ、その時は「本心」だったと思うのですが、一方で虎松に「井伊家再興を考えよ」というのも本心。虎松に吹き込んだ「井伊家再興を」の方がより強かったかな?



勿論、南渓和尚は松下との関係や現領主の近藤との関係微妙、さらには険悪になる可能性も分かっていると思います。ただ、南渓和尚からすれば、



「だからどうした?(笑)」



そう、また策を考えればよい!
南渓和尚はギャンブラーだと思うんですよね。危険な賭けであっても可能性があれば賭けてみるしその後の事はその後考える。



「揺らぎ」


がある。
これが南渓和尚の「強さ」だと思うんですよね。知恵者を自負する人の中には「先読み」をし過ぎて動けなくなってしまう人が多かったりします。
(まあ、そういう人は本当の意味で知恵者ではないけど)




南渓和尚は賭けながら、次の勝負をしているような人ですね。正直、少々真田昌幸に似ていると思います。




ただ、これに付き合う人間は大変ではあります・・・。現在だったら経営者に向いているな・・・。

直虎の孤独

「井伊家再興を諦めた事で返って上手くいく」



これ、現在でも通じる「マネジメントの妙」ですね。直虎は既に井伊家再興を諦めています。
ガチで。
寧ろ「井伊家」等ない方が(少なくとも今は)家臣領民のための政策が実行出来る。直虎は「井伊谷に生きる人の幸せ」を第一としているんですね。
・・・菩薩のようなお方だ・・・。




近藤はかつての負い目と、また直虎に野心がない事に全幅の信頼を置いている。井伊谷の領民ににとっては最高です。




しかし。




南渓をはじめ、井伊家ゆかりの人はそうではないんですよね。
井伊谷の発展は嬉しいが、やはり井伊谷は「井伊家領地」であると。




そうなって来ると直虎は孤独ですね。
母、祐椿尼や梅にまで、



「井伊家再興の良い機会では?」



と、言われた時に正直、



「現場を知らない人間は勝手な事ばかり」



と思ったはず。




直虎には南渓和尚のように「揺らぎ」を楽しむような「性質」はないからなぁ・・・。




おんな城主直虎の感想第40話「天正の草履番」はまだまだ続きます。

直虎感想40話「草履番」

「羽柴様などは草履番から武将に・・・」



本多忠勝が天文の草履番について語っていました。「天文の草履番」は後に天下人ですが!ここでもマネジメントの妙と勤め人の悲哀というか・・・。そんな事を感じましてございます。

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優秀過ぎると・・・

「努力は必ず報われる」



万千代はのちに井伊直政として活躍する事は分かっていますが、今回は「努力は必ず報われる」とは限らない面白い事例が見れました。




万千代と万福は小姓に昇格すべく、与えられた「草履番」の仕事に真摯に取り組み前代未聞の「草履番システム」を完成させます。



「もう日本一ではないか?」



まあ、家康も嬉しそうですが、



「後釜がいない」



あまりに見事過ぎて後釜がいないんですね。これ、勤め人でも結構あり得ますね。便利に使われて異動も出世も出来ないみたいな・・・。



「過ぎたるは猶及ばざるが如し」



人生、サラリーマンウエイは戦国も平成も難しいものです。

叩けば伸びる

家康は万千代を草履番にした理由を語ります。



「反骨精神旺盛で逆境で伸びる」



敢えて松下ではなく、潰れた今川の国衆の出として草履番の方が将来大きく育つ。これこそマネジメント・人を育てる妙という奴です。勿論、結果的万千代は伸びるんですけどね。ただ、これがまあ、難しい。




こういう話を見るといつも思うのが、スラムダンクの「仙道」「フクちゃん(フク助)」のお話し。大名・上司・監督も「神様」ではないですからね。間違える事もある。というか、多分に確率の問題だと思うのですよね。




「指導方法」や「扱い方」が当たっていて潜在能力を発揮している人間がいる一方で、残念ながら「育て方間違えて」能力を発揮しない人も一定数はいるはず。




個人的に私は「褒められて伸びる」タイプだったのですが何故か、子供の頃か怒られる事が多かった・・・!




スラムダンクで二番目に好きなのは「フクちゃん」です。

源太郎優しい

「儂が許せばそれでよいか?」



泣けます。
そして、父になる戦国版。




これは虎松だけではなくて、しのの事を想っての行動でもあるんですよね。
しのは正直虎松が井伊を名乗りたい、
名乗ってくれて、



「ちょっと嬉しい」



のです。
それはそのまま松下への、源太郎への裏切り。だから自分は源太郎以上に怒らなければならない。しかし、源太郎はしのの気持ちも分かっている。本心を押し殺して生きていて欲しくない。




これは中々出来る事ではないと思います。しのは良い夫に、虎松は良い父に出会った。




おんな城主直虎の感想第40話「天正の草履番」いよいよ最後の段にございます。

直虎感想40話「勝頼キター!!」

前回も少々触れましたが・・・。この時期、鷹狩や家臣の人事にかまけている暇は本当はないはず・・・。



※関連記事:→信玄没後~長篠の戦い前後まで

勝頼と氏真

我が孫勝頼が出てきてくれたのは嬉しいですし、同じく我が孫氏真が第二の人生を謳歌しているもの嬉しいのですが・・・。
来年天正3年に、我が武田は・・・。




嗚呼!!




「長篠の戦い」は実況出来ないかもしれませぬ・・・。




以上、おんな城主直虎の感想第40話「天正の草履番」でございます。

今宵は此処までに致します。

→何故語られない?長篠の戦いが無謀ではないこれだけの理由
→第41話「この玄関の片隅で」あらすじ
→第42話「長篠に立てる柵」あらすじ
→第43話「恩賞の彼方に」あらすじ
→第44話「井伊谷のばら」
→第45話「魔王の生贄」
→第46話「悪女について」
→第47話「決戦は高天神」