大河ドラマ女城主直虎の第7話「検地がやってきた」の感想にでございます。第7話で亀之丞改め直親も「父のようになりたくない」と考えていたのが目から鱗にござました。そして、政次の弟、玄蕃の性格の良さに癒される・・・きっと、政次殿も癒されていたはず。


→女城主直第6話の感想「初恋の分かれ道」はこちら

→女城主直虎第7話のあらすじ「検地がやってきた」はこちら

直親と政次

今回、政次殿が急にお変わりなられた印象を受けました。やはり、「次郎」が絡むとつい感情的となり露悪的になってしまうのかなと・・・。また、次郎殿さえも「政次」を警戒されているのが若干寂しくございました。

→【公式動画】直虎と政次の物語を動画で再び!

父のようにはなりたくない

井伊家としては「隠し里は隠し通す」と決めますが、次郎は「(鶴(政次)が話してしまえば全て徒労」、と次郎に語る場面がございました。



「(政次も)自分と同じだと思う」



確かに、政次殿は未だ幼き「鶴丸」の頃に父政直殿(吹越満)にハッキリと父に意見をしたり、また、亡くなる直前にも、



「あれは嘘だったのですか!?」



と、怒る場面がございました。
私も、「ああ、鶴は父のようにもなりたくない」と考えておろうなと思っていたのですが、亀も「父のようになりたくない」と考えていたとは少々盲点でした。




政直殿と異なり、直満殿(宇梶剛士)は直情的ではあるが、分かり易く亀(直親)を可愛がっていました。また、自分が好意を寄せていた「おとわ」との夫婦約束まで進めてくれています。




しかし、冷静に考えてみれば直満殿の行動は事が露見すれば首を刎ねられて当然の行動をであり、(あくまで「戦国時代の価値観であれば」)、結果的には「亀」は井伊を出奔しなければならなくなり、「おとわ」は出家と散々な形となります。



「(好きだけど)父のようにならない」



幼い亀にとっては勿論、「愛情を注いてくれた良い父」ではありましたが、だからといって、



「独断で北条と結び今川を裏切ろうとした挙句、事が露見して自分は首を刎ねられ、井伊家中に迷惑をかける」



あのような「直情的で後先をあまり考えない行動」は取らないと決意しても不思議ではござませぬ。亀もまた「父を反面教師」としているのでしょうね。




今回の行動も「父を反面教師」とした結果、念には念をいれ、次郎から瀬名姫を通しての情報収集と、不安要素と考えた「鶴」にも先手を打つ。素晴らしご成長ぶりに候。ただ、過ぎたるは及ばざるが如し。鮮やか過ぎる打ち手は反発を呼ぶ事もありましょう・・・。

直満を反面教師とした結果

「父のようには」ならないと決意した結果が今回の行動なのでしょう。私、直親殿の発言はあまりに残酷で少々驚きました候。ただ、「調略合戦」は最後は覚悟を決めた者が勝つと存じます。「覚悟のほど」は直親殿が一枚上手とお見受けしました。



  • 川名の隠し里の件、隠したい。
  • (直親の気持ちはわかるけど・・・)

  • 隠そうとして露見すれば目付けの政次の立場はない。
  • (そうそう。分かってくれてんだね。)

  • もし、ばれたら政次の今川からの信頼は失墜(下手すれば処分も・・・)
  • (うんうん!俺の立場を分かってくれてんだ!)

  • さらに、バレても井伊の人間で政次達を顧みる者はいない。
  • (いや、お前顧みないの・・・?)

  • だから、辛い立場の政次の判断に任せる。(けど政次なら協力してくれるよね!)
  • (つまり、危険は俺個人で全て被れってこと・・・?)



いや。政次の気持ちを分かっているけどそこには何の「手当」もない。勿論、直親と政次の立場ではしょうがないのでありますが・・・。



「信じている」



と、いう言葉は発していませんが、これは手口が鮮やか過ぎて、逆に反発を買う形と思いました。政次殿は恐らく最初から「出来るだけ協力はしたい」とは考えていたと存じ上げます。ただ、ここまで鮮やかに、危険は政次にお任せと言われると・・・あのようにお怒りになる気持ちは分かります。

政直を反面教師とした結果

一方で政次殿。つい、次郎殿には「還俗してわしと一緒になるか」などど憎まれ口を叩いていましたが、父のようにはなるまいと、バランスを取ろうとしているのが痛いほどよくわかります。



「全てを正直にとは申しませぬ。」



これ。
井伊家の家臣団の立場も分かる。だが、今川目付けの自分の立場もあるし、「実態とかけ離れた」露見するに決まっている指出を出せば、結局、自分は勿論、井伊の領主中野直由だって今川から何を言われるか分からない。しかし・・・その努力は井伊家御家中では全く顧みられてる事はないという。




父を反面教師としているものの・・・
これから、政直殿と同じ孤独を味わうのかと、そんな未来が見えたような気が致しました。

鶴亀合戦

此度の「鶴亀合戦」はか亀に軍配を上げます。ただ、前述の通りその手並みと、人の心を手玉に取ろうとする(次郎をダシにする)感じが、もはや、直満殿のお子とは思えませぬ。



「井伊を守る事がおとわを守る事だと思ってくれぬか?」



これは、鶴の神経を逆なでして当然。一方で、鶴は父を反面教師するあまり、今の処はその「智某」の才覚にブレーキがかかっておられるよう。鶴も亀も苦労しているとは存じますが、よくよく考えれば、暫く画面にいなかった亀の方が死線を彷徨い苦労が多かった。だからこそ「変った」のかなと感じました。



前話では、私政次殿の弟、玄蕃殿の「聖人君主説」を支持していましたが・・・。今、今夜そんな単純な事ではないかと感じまして候。

南朝の皇子とは

今回、政次殿がとっさの判断で「川名の隠し里」は南朝の皇子云々と誤魔化し事なきを得ました。さて、南朝の皇子とは・・・?

スポンサードリンク



足利家は元々北朝方では?

今川殿は元々は時の将軍家足利氏に繋がる一族にございます。ただ、ご存知の通り足利尊氏殿は南北朝時代「北朝」にございます。後に、徳川殿の世となると「日本最大の逆臣」と言ったご評判もございましたが、当時の足利殿にはは決してそのような評判もなく、また、都を追われた「やんごとなき」方々をあわれと思うお気持ちに、北朝方も南朝方もなかったかと存じ上げまする。




この頃既に楠木正成殿への御同情もあり、長く「朝敵扱い」であった楠木殿(武田鉄矢演)も朝敵から名誉を回復されております。




また、この度検地をされた岩松殿は、南朝方新田義貞殿(根津甚八演)に繋がる、新田岩松氏ではとのお話もございました。もしかしたら、そのような事もあったかもしれないと思いまするが、もし、そうではなかったとしても岩松殿が、



「分かりました」



と、申されるの決して合点がいかぬことではないかと存じます。

南朝の皇子伝説はあり得る?

南北朝時代、後醍醐天皇の皇子であらせられまする、吉良親王のさらに皇子(後醍醐天皇のお孫様)尹良親王が井伊谷にてお生まれになったという説があり、あながち的外れな事ではないと存じまする。




また、他にも後亀山天皇天皇の子孫が尾張の国に隠れ住んでいるといったお話しなどもございます。余談ではありますが、昭和の御代にはその後子孫を名乗るお方が現れた事もございました。




さて、余計な事も含めて乱文にございました。
今宵は此処までに致しとうございまする。

→【公式動画】直虎と政次の物語を動画で再び!

→大河ドラマおんな城主直虎の感想第8話「赤ちゃんはまだか」